Vol.1193 在宅医療は「量」から「質」へ――在宅クリニックに見る重症度評価シフトと往診体制の収益設計

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クリニック奮闘記

2026.06.29

クリニック奮闘記

Vol.1193 在宅医療は「量」から「質」へ――在宅クリニックに見る重症度評価シフトと往診体制の収益設計

2026年度診療報酬改定は、在宅医療に対する評価の重心を、提供量から提供の質と重症度へと明確に移行させた。在宅医療を専門に手がけるクリニックにとって、この方向転換は経営戦略の根幹に関わる。本稿では、ある在宅療養支援診療所の事例を通じて、この改定が在宅クリニックの収益設計に何を求めているのかを論じたい。

今回の改定における在宅医療関連の見直しは、往診体制の確保や重症患者の割合に応じて評価に差を設ける方向性で貫かれている。報道によれば、在宅医療では往診体制確保や重症患者割合によって評価に差が生じる設計となり、重症患者への対応に対する加算は点数が大幅に引き上げられた。一方で、軽症患者を多数抱えることで成り立っていた在宅医療のビジネスモデルは、相対的に評価されにくくなる構造へと変化した。これは、在宅医療が地域に量的に普及した段階を経て、いまや「適切な在宅医療を質の面から評価する」段階へ移行したことを意味する。

この方向転換の背景には、2040年頃を見据えた医療提供体制全体の再構築という、より大きな政策の文脈がある。高齢化の進行に伴い在宅医療の需要は今後も拡大が見込まれるが、医療人材の確保は一層困難になると予測されている。限られた医療資源を、より必要度の高い重症の在宅患者へ重点的に配分することは、こうした制約のもとで在宅医療の持続可能性を担保するための必然的な選択である。在宅クリニックの経営者は、今回の改定を単年度の点数の増減として捉えるのではなく、在宅医療がこれから歩む長期的な方向性を示す道標として読み解く必要がある。重症度評価へのシフトは一過性の見直しではなく、今後も継続し強化されていく構造的な変化と見るのが妥当である。

具体的な事例を挙げよう。郊外の住宅地で在宅医療を展開する、ある在宅療養支援診療所は、開設以来、効率的な訪問ルートの設計によって1日あたりの訪問件数を最大化することで収益を確保してきた。比較的状態の安定した高齢患者を多数受け持ち、定期訪問を効率よくこなすことで、規模の経済を働かせてきたのである。この戦略は、在宅医療がまだ普及途上にあった時期には合理的であり、実際にこの診療所は地域の在宅ニーズの受け皿として一定の役割を果たしてきた。

しかし、今回の改定はこのモデルに再考を迫った。重症患者への対応に手厚い評価が配分される一方で、軽症患者中心の訪問では従来ほどの収益が見込めなくなったからである。この診療所の院長が直面したのは、「訪問件数を追う経営」から「重症度に応じた医療を提供する経営」への転換という、戦略上の大きな選択であった。重症患者を受け入れるということは、24時間の連絡体制や緊急往診への即応、看取りへの対応など、より高度で負担の重い体制を構築することを意味する。それは人員配置や勤務体制、そして医師自身の働き方にまで影響を及ぼす。

経営管理全般の視点からは、この転換が単なる加算の取捨選択ではなく、診療所のアイデンティティそのものの再定義であることを認識する必要がある。重症患者対応に舵を切るのであれば、それに見合う多職種連携の体制――訪問看護ステーションとの緊密な協働、薬局との連携、ケアマネジャーとの情報共有――を整えなければならない。今回の改定では、訪問看護に関しても、併設する高齢者向け住宅の入居者への頻回訪問に対する評価のあり方が見直されるなど、在宅領域全体で「適切な提供体制」を問う方向性が示されている。在宅クリニックの経営者は、自院単独の収益最適化ではなく、地域の在宅医療ネットワークの中で自院がどの機能を担うのかを定義した上で、収益設計を組み立てる必要がある。

この文脈で見逃せないのが、外来におけるかかりつけ医機能の評価と在宅医療との接続である。今回の改定では、地域包括診療加算・診療料の報酬体系が簡素化され、従来別建てであった認知症に関する評価が統合されるとともに、対象患者に慢性心不全や慢性腎臓病等を有する要介護被保険者等が追加された。また、認知症患者の診断後支援について、担当医が地域包括支援センター等と連携して患者や家族に案内を行う取り組みが評価の中に位置づけられた。在宅医療を担うクリニックの多くは、外来から在宅へと患者が移行していく流れの中に位置している。外来でのかかりつけ医機能の評価と、在宅段階での重症度評価とを一貫した患者管理の連続体として捉えることができれば、患者の状態の変化に応じて切れ目のない医療を提供しつつ、それを評価へと結びつけることが可能となる。在宅クリニックの経営者にとって、外来と在宅を分断せずに地域における全人的な医療の担い手として自院を位置づける視点が、これまで以上に重要になっている。

人的資源管理の観点からは、重症度の高い在宅医療へのシフトが、スタッフに求める技能と覚悟の水準を引き上げる点に留意すべきである。重症患者や看取りに対応する訪問看護師や事務スタッフには、より高度な判断力と精神的な負荷への耐性が求められる。在宅医療は、病院のように設備に守られた環境ではなく、患者の生活の場という不確実性の高い現場で提供される医療である。その現場を支える人材をいかに育成し、定着させ、その負担に報いるか――これは重症度シフトを選択した在宅クリニックが避けて通れない課題である。前述の物価対応やベースアップ評価料の枠組みは、在宅医療に従事する職員にも及ぶものであり、これを人材戦略にどう接続するかが問われる。

マーケティングの視点からは、在宅医療の重症度シフトが、在宅クリニックの「選ばれ方」と地域における位置づけを変えつつあることに注目したい。重症患者や看取りに対応できる体制を整えた在宅クリニックは、病院からの退院支援の受け皿として、また地域のケアマネジャーや居宅介護支援事業所からの紹介先として、その存在価値が高まる。逆に、軽症患者中心の効率的な訪問に特化したモデルは、評価の面でも紹介の面でも相対的に埋没しやすくなる。在宅医療は、外来診療のように患者が自ら来院するのではなく、病院や介護関係者からの紹介を通じて患者が委ねられる構造を持つ。したがって、自院がどのような重症度の患者に、どこまで対応できるのかを地域の連携機関に対して明確に発信し、信頼を獲得することが、安定した患者の流入を確保する上で決定的に重要となる。重症度評価へのシフトは、こうした地域における信頼の蓄積を、診療報酬という形でも後押しするものと捉えることができる。

財務の視点からは、重症患者対応への評価が引き上げられたことは、適切な患者構成を実現できれば収益性の改善が期待できることを意味する。しかし同時に、二十四時間対応体制の維持には人件費という固定費の増大が伴う。重症度の高い在宅医療は、評価は高いが体制構築のコストも高いという構造を持つ。したがって、どの程度の重症患者を、どの程度の体制で受け入れるのが自院にとって最適な均衡点なのかを、損益分岐の観点から冷静に見極めなければならない。前述の在宅療養支援診療所の院長は、訪問件数の最大化という従来の指標を捨て、受け持ち患者の重症度構成と一件あたりの収益性、そして体制維持コストのバランスを管理指標として再設定した。量の経営から質の経営への移行とは、突き詰めれば管理する指標を入れ替えることにほかならない。

この指標の入れ替えは、日々の経営管理の実務にも具体的な変化をもたらす。訪問件数という単純で分かりやすい指標を追っていた時代には、スタッフの努力の方向性も明確であった。しかし、重症度構成や一件あたりの収益性、体制維持コストといった複合的な指標を管理するようになると、現場のスタッフが何を目指して動けばよいのかが見えにくくなる恐れがある。ここで経営者に求められるのは、新しい経営の方向性を、現場のスタッフ一人ひとりが理解し共有できる言葉に翻訳することである。なぜ訪問件数を追わなくなったのか、なぜ重症の患者を受け入れる体制を整えるのか、その理由と意義を組織全体で共有できてはじめて、量から質への転換は現場に根づく。経営方針の転換は、院長一人の決断で完結するものではなく、それを支えるチーム全体の納得と協働があってはじめて実現するものなのである。

患者サービスの視点を最後に加えたい。在宅医療における質とは、単に重症患者を受け入れることではなく、患者と家族が住み慣れた場所で安心して療養を続けられる環境を提供することである。重症度評価へのシフトは、結果として、本当に在宅医療を必要とする重い状態の患者に、より手厚い医療資源が配分される方向に作用する。これは制度設計として、限られた医療資源を必要度の高い患者へ集中させるという思想の表れである。在宅クリニックの経営者がこの思想を自院の理念と接続できたとき、改定は経営の制約ではなく、自院の存在意義を再確認する機会となる。在宅医療を取り巻く制度が「量」から「質」へと舵を切ったいま、その流れをいかに自院の収益設計と理念の両面で受け止めるかが、これからの在宅クリニック経営の分水嶺となるであろう。