Vol.1226 熱中症対策義務化と診療所が担う2つの役割

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Vol.1226 熱中症対策義務化と診療所が担う2つの役割

2026年の夏も、猛暑は容赦がない。総務省消防庁の集計によれば、2026年7月13日から19日までの1週間に熱中症で救急搬送された人は全国で10,857人となり、この年初めて週あたり1万人を超えた。続く7月20日から26日の1週間では18,591人に達し、前週から7,700人あまり増加している。この期間、全国43地点で暑さ指数が最も危険度の高い水準に達した。

 

前年の記録はさらに重い。2025年の夏は、6月から8月の平均気温の平年差がプラス2.36度と観測史上最高を記録し、最高気温40度以上を観測した地点の積算は30地点と過去最多となった。5月から9月の熱中症による救急搬送人員は100,510人に達し、2008年の調査開始以来、初めて10万人を超えている。年齢区分別では65歳以上の高齢者が全体のおよそ57パーセントを占めた。

 

そして、注意深く見るべきは発生場所である。2026年の直近の集計においても、最も多いのは「住居」であり、次いで「道路」「仕事場」と続く。屋外の炎天下で倒れる人よりも、自宅の中で熱中症になる人のほうが多い。この事実は、診療所が地域に対して何を伝えるべきかを示している。

 

事業者としての義務が生じている

 

診療所の院長は、医療者であると同時に事業者である。この立場から確認しておかなければならないのが、2025年6月1日に施行された改正労働安全衛生規則である。この改正により、職場における熱中症対策が罰則付きの義務として明確化された。新設された労働安全衛生規則第612条の2は、熱中症を生ずるおそれのある作業について、事業者に対して具体的な措置を義務づけている。

 

義務の内容は大きく2つである。第1に、熱中症の疑いがある労働者が生じた場合に、速やかに報告できる体制を整備し、これを作業に従事する者に周知すること。第2に、熱中症の悪化を防止するための措置、すなわち応急処置や医療機関への搬送に関する手順をあらかじめ定め、これを周知することである。対象となるのは、暑さ指数が28度以上、または気温が31度以上の環境において、連続1時間以上または1日あたり4時間を超えて作業が見込まれる場合とされている。違反した場合には、6か月以下の懲役または50万円以下の罰金という罰則が定められている。

 

この改正が建設業や製造業を主に念頭に置いていることは事実である。しかし、条文は業種を限定していない。診療所においても、該当しうる場面は存在する。

 

最も明らかなのは在宅医療である。訪問診療や訪問看護に従事する職員は、真夏の日中に屋外を移動し、空調の効きが十分でない住居に入る。ある循環器内科クリニックでは、在宅酸素療法や心不全の患者を対象に訪問診療を行っているが、7月と8月の訪問について、車内に飲料と冷却剤を常備し、訪問の合間に必ず車内で休憩を取ることを手順として文書化した。加えて、体調に異変を感じた職員が即座に連絡できる窓口を明示している。特別な設備投資を伴わない対応であるが、義務が求める「体制の整備」と「手順の作成」に正面から応えるものである。

 

院内にも見落とされやすい場所がある。空調の届きにくい機械室、書庫、リネン庫、滅菌室。日帰り手術を行う耳鼻咽喉科では、術者と介助者がガウンとマスクを着用したまま長時間にわたって手術室に滞在する。手術室の温度設定は術者の判断で下げられるが、器械出しを担当する看護師の負荷は、術者のそれとは異なる。整形外科のリハビリテーション室では、機器の発熱と患者の運動によって室温が上がりやすく、理学療法士は1日を通してそこに滞在する。温湿度計を設置し、記録を残しているだろうか。

 

医療機関としての役割

 

もう1つの役割は、当然ながら診療と啓発である。

 

熱中症の搬送者の多くが高齢者であり、その多くが住居内で発症しているという事実は、外来において伝えるべき内容を明確にしている。内科で高血圧や心不全の管理をしている患者の多くは、利尿薬や降圧薬を服用している。これらは体液量や血圧の調節に影響し、脱水のリスクを高める。さらに、高齢者は口渇を感じにくく、暑さの自覚も鈍る。加えて、電気代を気にして冷房の使用を控えるという行動が重なる。

 

ある内科クリニックでは、夏季の定期受診の際に、診察の最後に必ず「冷房は使っていますか」と尋ねることにした。単純な問いであるが、これに対して「もったいないから」と答える患者は少なくない。そこで初めて、具体的な助言ができる。血圧手帳に記録された夏場の血圧低下傾向とあわせて説明すれば、患者の理解は深まる。

 

呼吸器内科では、慢性閉塞性肺疾患の患者において、暑熱による体力の消耗が増悪の引き金となることがある。また、閉め切った室内での空気環境の悪化も無視できない。冷房の使用と換気を両立させる方法を、具体的に説明できるかが問われる。

 

小児科では、乳幼児の体温調節機能が未熟であること、ベビーカーの座面が路面に近く体感温度が高くなることを、保護者に伝える機会がある。学校や保育所からの相談を受ける立場にある場合、行事の可否について助言を求められることもあるだろう。

 

皮膚科では、汗疹や接触皮膚炎の増加という直接的な影響に加え、日焼けや虫刺されの患者が増える。これらの受診機会は、熱中症予防について一言添える接点でもある。

 

職員自身が受診できない構造

 

もう1つ、診療所という職場に固有の問題がある。それは、職員が自らの不調を訴えにくいという構造である。

 

医療機関で働く者は、患者の不調に日々接している。そのため、自分の軽い頭痛や倦怠感を「大したことではない」と処理する傾向が強い。加えて、少人数で運営する診療所では、1人が抜ければ他の職員の負担が直接増える。このため、「休みます」と言い出すことの心理的な負荷は、一般の職場より重い。

 

改正規則が求める「速やかに報告できる体制の整備」とは、報告経路を紙に書くことではない。報告しても責められない、報告することが評価される、という空気を作ることである。ある小児科クリニックでは、夏季の朝礼において院長が毎日「今日は誰か体調の気になる人はいますか」と尋ねる習慣を作った。全員が「大丈夫です」と答える日が続いても、問いを発し続けることに意味がある。問われなければ、人は申告しない。

 

さらに実務的には、休憩の取り方を仕組みにしておきたい。混雑時ほど休憩は後回しになり、後回しにされた休憩は結局取られない。休憩時間を交代制で明示し、その時間には必ず業務から離れるという運用を、夏季だけでも導入する価値がある。

 

患者への伝え方を整える

 

啓発は、口頭で伝えるだけでは定着しない。伝える内容と、伝える機会を設計する必要がある。

 

伝えるべき内容として押さえたいのは、まず室内でも熱中症は起きるということ、次に喉の渇きを感じてからでは遅いということ、そして症状が現れたときの初期対応である。涼しい場所へ移す、衣服を緩める、体を冷やす、水分と塩分を補給する。意識がはっきりせず自力で水分が取れない場合には、ためらわず救急要請をする。この最後の判断基準を、高齢の患者やその家族が知っているかどうかは大きい。

 

伝える機会としては、夏季の定期処方の際が最も確実である。ある循環器内科クリニックでは、6月の処方時に、利尿薬を服用している患者に対して夏季の水分摂取に関する説明文書を渡す運用を定例化した。医師が口頭で補足し、文書を持ち帰らせる。翌月の受診時に「読みましたか」と確認する。この3段構えによって、内容の定着率は明らかに上がったという。

 

熱中症警戒アラートが発表された日に、待合室のモニターや掲示でその旨を知らせている診療所もある。地域の高齢者にとって、かかりつけの診療所は情報の入口である。行政の発信が届きにくい層に対して、診療所が中継点となりうる。

 

経営として捉えるべき点

 

猛暑は、需要と費用の双方に影響する。需要面では、熱中症関連の受診が増える一方、通常の定期通院を控える高齢患者が現れる。「暑いから来週にする」という判断が、慢性疾患の管理を中断させることがある。予約制を採っている診療所であれば、無断キャンセルの発生状況を夏季に限って確認する価値がある。

 

費用面では、電気料金の上昇が直撃する。待合室と診察室の空調を止めるという選択肢はないため、この費用は削減の対象になりにくい。むしろ、空調機器の効率、フィルターの清掃頻度、遮熱フィルムの施工といった、設備側の工夫で対応するほかない。老朽化した空調機器を使い続けることは、電気代の面でも、真夏に故障した場合の休診リスクの面でも、合理的とは言いがたい。空調機器の更新計画を持っている診療所は、意外なほど少ない。

 

気候の変化は、もはや一時的な異常ではなく、前提条件として扱うべき事象である。夏の運営をその都度の根性で乗り切るのではなく、手順と設備として組み込んでおくこと。それが、職員を守り、患者を守り、結果として診療の継続を守ることにつながる。

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