2026.06.09
クリニック奮闘記
Vol.1179 在宅医療「量と質の双方拡大」がもたらす経営の分岐点 ―在宅クリニックを揺るがす在総管の割合制限と往診基準―
2026年度診療報酬改定において、在宅医療は「適切な形の在宅医療を量・質の双方で拡大する」という方針のもとで大きな見直しを受けた。高齢化の進展に伴い、外来医療から在宅医療へのシフトは政策的に加速されているが、その一方で、在宅医療の中核を担う点数には厳格な要件が課されることとなった。本稿では、在宅医療を専門とするクリニックを題材に、この改定がもたらす経営上の分岐点を論じたい。
在宅医療の収益の中心は、在宅時医学総合管理料(在総管)および施設入居時等医学総合管理料(施設総管)である。これらは在宅患者の継続的な医学管理を評価する点数であり、その対象患者や算定条件の見直しは、在宅診療を行う医療機関の収益と運用に直接的な影響を及ぼす。2026年改定では、在総管等について対象患者による割合制限が設けられた。これは、特定の患者類型に偏った在宅医療の提供に一定の歯止めをかけ、医療上の必要性に応じた在宅医療の提供を促す意図によるものと考えられる。
ここで、都市部で在宅医療を展開するある在宅専門クリニックの事例を考えたい。同院は複数の医師を擁し、施設入居者を中心に数百名の在宅患者を抱えている。改定前の同院の患者構成は、効率を重視するあまり同一建物に居住する患者の比率が高く、訪問のたびにまとまった人数を診療する運用が定着していた。しかし今回の割合制限により、こうした患者構成の偏りが算定上の制約として顕在化する可能性が出てきた。同院は改定を機に、在宅患者の構成と算定区分を一件ずつ精査し、医療上の必要性に基づいた診療計画への再編を迫られることとなった。
この精査の過程で同院が直面したのは、患者一人ひとりの在宅医療の必要性を、改めて医学的に評価し直すという作業であった。施設在宅は訪問の効率が高い反面、患者の状態像は多様であり、真に継続的な医学管理を要する患者もいれば、状態が安定し訪問頻度を見直し得る患者も含まれる。割合制限という制度上の要請は、結果として同院に対し、自院が抱える在宅患者の医療的な実像を直視することを促した。これは事務的には負担の大きい作業であったが、在宅医療の質を内側から問い直す貴重な機会ともなった。効率優先で拡大してきた在宅医療を、医療上の必要性という原点に立ち返って再構築する。今回の改定は、多くの在宅クリニックにこうした自己点検を求めているといえる。
さらに重要なのが、訪問診療を担当する患者数の基準である。疑義解釈等で示された運用では、常勤換算した医師数1人当たりの訪問診療実施患者の実人数が100人以下であることという基準について、一定の患者類型については70人を上限として1人を0.5人とみなして計算できる旨が明確化された。具体的には、在総管または施設総管の「単一建物診療患者が2人以上の場合の点数」を算定する患者や、月1回の訪問診療を行っている患者がこれに該当する。この計算ルールは、在宅クリニックが何名の患者を適切に管理できるかという経営規模の設計に直結する。
加えて、機能強化型在宅療養支援診療所の要件に関しても見直しが行われた。往診の実施が十分でない連携型の機能強化型在支診については、点数が低くなる扱いとなり、2026年8月においては、在総管・施設総管を届け出る全ての医療機関で、往診実施に関する基準の該当可否を確認し、該当する場合には地方厚生局長への報告が求められる旨が明確化された。これは在宅医療を標榜する以上、実際に往診という形で患者の急変に対応しているかが問われることを意味する。看取りまで含めた在宅医療を提供しているクリニックにとっては評価の機会となる一方、訪問診療に偏り往診体制が手薄なクリニックにとっては厳しい要件となる。
往診と訪問診療は、しばしば混同されがちであるが、その性質は大きく異なる。訪問診療は計画的・定期的に患者宅を訪れて行う医学管理であるのに対し、往診は患者の状態が急変した際などに、求めに応じて臨時に赴く診療行為である。在宅医療の本質は、患者がその生活の場で安心して療養を続けられることにあり、急変時に駆けつける往診の体制こそが、その安心を支える生命線となる。計画的な訪問診療だけを効率的に回す運用では、夜間や休日の急変に十分対応できず、結局は救急搬送に頼らざるを得なくなる。今回の往診基準の明確化は、在宅医療が単なる定期訪問の集積ではなく、二十四時間体制で患者を支える総合的な医療であるべきだという理念を、制度として改めて打ち出したものと理解できる。在宅クリニックの院長は、自院の往診体制が実際にこの理念に応えられているかを、改めて点検する必要がある。
これらの改定が在宅クリニックの経営に突きつけるのは、「規模の追求」から「質に裏打ちされた持続可能な規模」への転換である。在宅医療は患者数を増やせば増やすほど収益が伸びる構造にあったが、今回の改定は、医師一人あたりが適切に管理できる患者数、患者構成の医療的妥当性、そして往診を含めた対応力という質的側面を算定要件に組み込んだ。すなわち、量の拡大には質の担保が条件として付されたのである。
この転換を別の角度から捉えれば、在宅医療の世界においても「真に在宅医療を必要とする患者へ、必要な医療を届けているか」という根本的な問いが制度の前面に出てきたといえる。在宅医療の黎明期には、その担い手を増やすこと自体が政策的な優先課題であった。しかし担い手が一定程度確保され、施設在宅を中心に効率的な訪問が広がった結果、医療上の必要性と提供される医療との間に乖離が生じる事例も指摘されるようになった。今回の割合制限や往診基準の明確化は、こうした状況を踏まえ、在宅医療の質を制度的に担保しようとする動きと位置づけられる。前述の在宅専門クリニックが患者構成の再編に取り組んだことは、短期的には収益構造の見直しという痛みを伴うが、長期的には地域における自院の信頼性を高め、持続可能な経営基盤を築くことにつながる。
在宅医療を専門とするクリニックの院長が今なすべきことは、自院の患者台帳を改定後の基準に照らして総点検することである。患者一人ひとりがどの算定区分に該当し、訪問頻度と単一建物の患者数がどう計算され、往診基準を満たしているか。これらを正確に把握しなければ、改定後のレセプト請求は算定誤りや返戻のリスクを抱えることになる。とりわけ在宅医療は、外来診療と比べて算定の体系が複雑であり、在総管・施設総管の区分、訪問診療料、各種加算の組み合わせが患者ごとに異なる。この複雑さゆえに、改定のたびに算定の見直しが必要となり、その精度がそのまま経営の安定性に直結する。在宅医療は地域包括ケアの要として今後さらに重要性を増すが、その担い手であり続けるためには、診療の質と請求の正確性を両立させる経営基盤が不可欠である。改定は在宅クリニックにとって、自院の医療の質を見つめ直す契機にほかならない。
