2026.06.15
クリニック奮闘記
Vol.1181 報酬格差の縮小が促す、循環器内科のオンライン慢性疾患管理 ―高血圧・心不全患者の「通院継続率」をどう守るか―
2026年度(令和8年度)診療報酬改定は、オンライン診療をめぐる評価のあり方に明確な転換をもたらした。これまでオンライン診療の報酬は対面診療のおよそ87%にとどまり、設備投資や運用の手間に見合わないとして導入をためらう診療所が少なくなかった。しかし今回の改定では、その格差を縮小し、安定期の慢性疾患をオンラインで継続的に管理する体制を後押しする方向性が打ち出された。本稿では、高血圧症や慢性心不全といった継続管理を要する患者を多く抱える循環器内科を題材に、この変化が経営に何を意味するかを論じたい。
循環器内科の診療は、その本質において「継続性」に支えられている。高血圧症の患者は、症状が乏しいがゆえに通院を自己中断しやすく、服薬アドヒアランスの低下が脳心血管イベントの引き金となる。慢性心不全においても、安定期の細やかなフォローアップが増悪による再入院を防ぐ鍵となる。すなわち循環器内科にとって、患者の通院をいかに継続させるかは、診療の質そのものに直結する命題なのである。ここにオンライン診療の意義がある。
ある循環器内科クリニックの事例を考えたい。高血圧症と脂質異常症を中心に、月間レセプト枚数およそ950枚を扱うこの診療所では、働き盛りの患者の通院中断が長年の課題であった。仕事の繁忙を理由に受診間隔が空き、数か月後に血圧が著しく悪化した状態で再来する患者が後を絶たなかったのである。改定を機に同院は、初診と定期的な対面診察は維持しつつ、安定期のフォローアップにオンライン診療を組み込む運用を導入した。家庭血圧の記録をオンラインで確認しながら服薬状況を聴取し、必要に応じて対面受診を促す。この仕組みにより、多忙な患者の通院中断が目に見えて減少したという。
報酬面の試算も示しておきたい。オンライン再診の基本点数は76点とされ、仮に月50件のオンライン再診を行えば、基本点数だけで月3,800点、すなわち38,000円程度の算定となる。これに各種加算が加わることで、対面診療との差は相当程度埋められる。重要なのは、この収益が「これまで通院中断によって失われていた患者」から生まれ得るという点である。オンライン診療は単なる対面の代替ではなく、取りこぼしていた継続診療の機会を回収する手段として機能する。
この「機会の回収」という視点は、循環器内科の経営を考えるうえで見過ごせない。高血圧症の患者一人が通院を中断し、数年後に脳卒中や心筋梗塞を発症すれば、その患者は急性期病院へと移り、クリニックとの関係は途絶える。これは患者にとっての健康上の損失であると同時に、診療所にとっては継続的な診療機会の喪失でもある。逆に、オンライン診療を活用して通院を継続させることができれば、患者の重症化を防ぎつつ、安定した診療基盤を維持できる。すなわちオンライン診療は、医療の質と経営の安定という、本来両立しうる二つの目的を同時に支える手段となり得る。前述のクリニックが通院中断の減少という成果を得たことは、この両立が机上の論ではなく現場で実現可能であることを示している。
もっとも、慢性疾患のオンライン管理には慎重な臨床判断が欠かせない。循環器疾患は、安定しているように見えても急変のリスクを内包する。オンラインでの問診と家庭血圧のみでは把握しきれない身体所見があり、定期的な対面診察、心電図や血液検査、心エコーといった検査の実施時期を診療計画に明確に位置づけねばならない。前述のクリニックでは、オンラインと対面の役割分担を診療録に明記し、どの時点で対面に切り替えるかの基準をあらかじめ定めた。この線引きの明確さが、安全性と継続性を両立させる前提となる。
ここで強調したいのは、オンライン診療の導入が、レセプト請求の正確性という観点からも新たな注意を要するという事実である。オンライン診療料の算定には施設基準の届出が前提となり、算定できる加算も対面とは異なる。同じ高血圧症の患者であっても、対面とオンラインで算定構造が変わるため、請求事務はより複雑になる。安定期のフォローアップをオンラインに移行すれば、その分だけ算定区分の管理が緻密さを増す。導入によって得られる継続診療の機会を、確実に収益へと結実させるには、算定の正確性を担保する体制が不可欠である。
循環器内科にとってオンライン診療の制度的後押しは、患者の通院継続という診療の根幹を支える新たな選択肢である。報酬格差の縮小は、その選択肢を経営的にも現実味のあるものへと変えた。しかし、その果実を得るには、対面とオンラインの臨床的な役割分担を明確に設計し、それを診療録と請求に正確に反映させる一貫した体制が求められる。継続性こそが循環器診療の質を決めるのであれば、オンライン診療をいかに自院の診療フローに織り込むかは、これからの循環器内科経営における重要な戦略的判断となるであろう。
