Clinic Diary
クリニック奮闘記
Clinic Diary
クリニック奮闘記
2026年6月に施行された令和8年度診療報酬改定は、本体改定率が+3.09%という、およそ30年ぶりの高水準となった。長く続いたマイナス改定の潮流が転換し、物価高騰・賃金上昇・人手不足という三つの圧力への対応が改定の中心に据えられた点で、従来の制度見直し中心の改定とは性格を異にする。本稿では、この改定を単なる「点数表の変更」として受け止めるのではなく、クリニック経営の意思決定に組み込むための視点を整理したい。
まず押さえておくべきは、改定率全体はプラスであっても、その配分は施設類型ごとに大きな濃淡があるという事実である。物価対応分では病院が+0.49%であるのに対し、医科診療所は+0.10%にとどまり、緊急対応分に至っては病院+0.40%に対し医科診療所は+0.02%と、配分の中心は明らかに病院に置かれている。つまり、診療所にとって今回の改定は「一律の底上げ」ではなく、「個別の加算をどれだけ確実に算定できるか」で実際の収益が決まる構造になっている。ここを取り違えると、改定はプラスなのに手元の資金繰りは改善しない、という事態に陥りかねない。
+3.09%のうち+1.70%は賃上げ対応分であり、これは医療従事者の処遇改善を目的とした原資である。2026年度・2027年度にそれぞれ約3.2%程度の賃上げ、事務職員等については約5.7%の賃上げを支援する方針が示されており、経営者はこの原資を「利益」ではなく「人件費として通過するお金」と捉える必要がある。ベースアップ評価料を算定して増収になったとしても、それが処遇改善に充てられなければ制度趣旨に反するばかりか、届出要件を満たせなくなるリスクもある。
具体例で考えてみたい。ある循環器内科クリニックでは、改定を機に自院の算定状況を棚卸しした。院長は当初「本体プラス改定だから放っておいても収入は増える」と考えていたが、実際に算定項目を精査すると、生活習慣病管理料の要件変更や医療DX関連加算の再編に未対応のままで、むしろ取りこぼしが生じかねない状態だった。ここで重要なのは、改定の全体像を経営者自身が把握し、自院にとって「何が変わり、何を届け出るべきか」を早期に判断することである。届出のタイミングを逃すと、その分の増収機会は次の算定期間まで失われる。
経営管理の観点からは、改定を「毎年の資金計画の前提条件が変わるイベント」として位置づけることが望ましい。売上構成のうち、どの加算がどれだけの比重を占めるのかを可視化し、改定によって増減する項目をシミュレーションしておく。3か月遅れの試算表を眺めてから対応を考えるのでは、意思決定は常に後手に回る。改定は事前に内容が公表されるのだから、施行前に自院への影響額を試算し、届出計画を立てておくことが、経営者に許された数少ない「先手」である。
また、今回の改定では患者負担の見直しも進んだ。OTC類似薬の給付見直しや入院時食事代の引き上げなど、患者が窓口で「なぜ負担が増えたのか」を尋ねる場面が増える。これは事務スタッフだけの問題ではなく、患者サービスの質そのものに関わる。丁寧な説明ができるかどうかが、口コミや再来院率に直結する時代であることを踏まえれば、改定対応は財務と患者サービスの両面から設計されるべきである。
改定を羅針盤に変えるとは、公表された制度変更を自院の数字に翻訳し、届出・人件費配分・患者説明までを一連の経営行動として組み立てることに他ならない。プラス改定という追い風を実際の経営改善に結びつけられるかどうかは、院長がこの改定をどこまで「自分の経営の言葉」で語れるかにかかっている。次号以降では、収益に直結する個別項目を順に取り上げていく。