Vol.1209 小児科診療所における季節変動と経営の平準化 ―― 感染症流行の予測不能性にどう備えるか

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Vol.1209 小児科診療所における季節変動と経営の平準化 ―― 感染症流行の予測不能性にどう備えるか

小児科診療所の経営は、他の診療科と比較して顕著な季節変動を伴う。感染症の流行期には外来が逼迫し、閑散期には患者数が半減する。この変動は経営の予測可能性を損ない、人員配置や資金繰りの計画を困難にする。2020年以降の数年間、この変動パターンは新型コロナウイルス感染症の影響により大きく攪乱され、2026年現在もなお、従来の季節性が完全には回復していない。
奈良県内で小児科を経営するD院長の事例を検討する。開設10年目、常勤医師1名、非常勤医師1名(週2日)、看護師4名、医療事務3名、1日平均外来患者数は年間平均で55名であるが、この平均値は実態を著しく誤って表現している。同院の月別患者数を精査すると、最繁忙月である12月の1日平均が92名であるのに対し、最閑散月である6月は32名に過ぎない。実に3倍近い較差である。
この較差の意味を、より具体的に検討したい。1日92名の外来を、常勤医師1名と非常勤医師1名で診療するということは、診療時間を6時間とすれば1人あたり8分足らずの計算となる。実際には問診と処置を含めれば、1人あたり4分から5分の診察となる。この状況下で、看護師は問診票の回収、体温測定、処置の介助、そして待合室の管理を同時並行で行う。医療事務は受付、会計、電話応対、そして待ち時間に苛立つ保護者への対応に追われる。一方、6月の1日32名という状況では、同じ人員がこの3分の1の業務量を処理する。すなわち、同院は繁忙期の人員需要に合わせて雇用しており、閑散期にはその人員が余剰となる構造を、開設以来10年にわたって維持してきたのである。
この変動が経営に及ぼす影響は、費用構造との関係で理解される必要がある。同院の年間費用のうち、人件費、賃借料、リース料といった固定費が占める割合は約70%である。すなわち、患者数が3分の1に減少する閑散期においても、費用の7割は発生し続ける。D院長の同院では、6月から7月にかけての2か月間、月次の営業利益が赤字となることが常態化していた。年間を通じて黒字を確保できていたのは、冬季の繁忙期に稼得する利益が閑散期の赤字を補填していたからである。
この構造そのものは小児科において不可避であり、D院長もそれを理解していた。問題は別のところにあった。2024年、同院は6月の閑散期に看護師2名の退職に直面したのである。退職理由の聴取において、繁忙期の過酷な労働と閑散期の手持ち無沙汰という落差が、職務満足度を著しく損なっていたことが明らかになった。繁忙期には昼食を取る時間もなく、閑散期には診察室で待機する時間が続く。この極端な変動が、専門職としての職務充実感を阻害していた。
D院長がこの事態を受けて着手したのは、患者数の平準化ではなく、業務内容の平準化であった。患者数の変動は外部環境に規定され、診療所の努力によって制御できる範囲は限られる。しかし、スタッフが従事する業務の内容は、院長の設計によって変えられる。
この予約設計の変更は、単なる誘導では実現しなかった。従来、保護者が予防接種を流行期に持ち込んでいた理由は、定期接種の対象月齢が到来した時点で速やかに接種させたいという意向と、感染症で受診した際に「ついでに」接種するという行動様式にあった。D院長は前者を尊重しつつ、後者を変更する必要があった。具体的には、乳幼児健診の案内に予防接種の推奨時期を明示した一覧を添付し、閑散期に該当する接種については個別に電話で予約を促す運用を導入した。この電話業務は医療事務スタッフが担ったが、閑散期であるがゆえに時間的余裕があった。すなわち、閑散期の余剰人員が、閑散期の収入を作る業務に従事するという循環が成立したのである。
具体的な施策は3点である。第一に、閑散期に予防接種と乳幼児健診を集中させる予約設計を導入した。従来、同院では予防接種を診療時間中の随時受付としていたが、これを閑散期の特定枠に誘導する運用に改めた。保護者に対しては、待ち時間が短く感染リスクも低いという便益を訴求した。この結果、6月から8月の予防接種件数が前年比で40%増加し、閑散期の医業収入が改善した。
第二に、閑散期を教育投資の期間として明確に位置づけた。看護師に対しては小児救急に関する外部研修への参加を勤務として認め、費用も同院が負担した。医療事務スタッフに対しては、レセプト業務の精度向上を目的とした学習時間を業務時間内に確保した。これらは短期的には費用の増加であるが、繁忙期のパフォーマンス向上という形で回収される投資である。
第三に、繁忙期の負荷分散である。同院は12月から2月にかけて、非常勤医師の勤務を週2日から週3日に増やし、あわせて医療事務の派遣スタッフを1名増員する体制を採った。人件費は増加するが、この期間の医業収入がそれを吸収する。逆に閑散期には非常勤医師の勤務を週1日に減らす。すなわち、費用構造の一部を意図的に変動費化したのである。
変動費化という手法について、その限界にも言及しておきたい。非常勤医師の勤務日数を季節に応じて調整するという運用は、当該医師の合意なくしては成立しない。医師にとって、収入が季節変動することは望ましいことではない。D院長の同院において、この調整が可能であったのは、当該非常勤医師が近隣の病院に常勤として勤務しており、診療所での勤務が副次的な収入であったという事情による。専ら診療所の非常勤として生計を立てている医師に同じ条件を提示すれば、契約は成立しない。すなわち、費用の変動費化は、その負担を誰かが引き受けることによって成立する。診療所の経営の安定を、非常勤医師や派遣スタッフの雇用の不安定に転嫁しているという構造を、経営者は自覚しておく必要がある。
この体制変更には、看過できない副次的効果もあった。派遣スタッフの受け入れは、既存の医療事務スタッフにとって業務の引き継ぎと指導という新たな負担を生む。繁忙期に指導を行う余裕はなく、導入初年度は混乱が生じた。D院長がこの問題を解決したのは2年目からであり、閑散期のうちに派遣スタッフの受け入れ手順を文書化し、担当業務を受付と会計に限定したうえで、繁忙期の1か月前から短時間の慣熟勤務を設けるという方法であった。外部人材の活用は、受け入れる側の準備工数を伴う。この工数を計算に入れずに増員を決めれば、繁忙期の負荷は軽減されるどころか増大する。
2026年時点で、同院の看護師の離職は発生していない。職務満足度に関する内部調査では、「繁忙期の負担が軽減された」「閑散期に学べることが増えた」という評価が得られている。医業収入は年間で約8%増加したが、D院長がより重視しているのは、6月の月次赤字が解消され、年間を通じて営業利益が黒字を維持できるようになった点である。
この事例が示す経営上の要諦は、変動する外部環境に対して、内部構造をどう適応させるかという問題設定にある。多くの診療所は、患者数の変動を「与えられた条件」として受け入れ、その中で耐えることを選択する。しかしD院長が行ったのは、変動の性質を分析し、制御可能な要素と不可能な要素を峻別したうえで、制御可能な要素に働きかけることであった。
人的資源管理の観点から補足したい。専門職の職務満足度は、報酬のみによって規定されるものではない。看護師や医療事務スタッフが職務に充実感を見出すのは、自らの専門性が発揮され、成長を実感できる環境においてである。閑散期の手持ち無沙汰は、単に暇であるという以上に、「自分は必要とされていない」という感覚をもたらす。これは専門職にとって深刻な不満の源泉となる。D院長が閑散期を教育投資期間と定義し直したことは、時間の使途を変えたに留まらず、その時間の意味を変えたのである。
財務の視点からも述べておきたい。季節変動の大きい事業においては、資金繰りの管理が経営の生命線となる。閑散期に赤字が発生する構造では、繁忙期に稼得した資金を適切に留保しなければ、資金不足に陥る。D院長の同院では、この点について税理士との連携により、月次の資金繰り表を作成し、閑散期の必要資金を事前に確保する運用を確立している。診療所の倒産事例を分析すると、その多くは損益ではなく資金繰りの破綻に起因する。黒字倒産という言葉が示す通り、利益と資金は別物である。
なお、この事例の一般化には留保が必要である。D院長の同院が閑散期の予防接種誘導に成功したのは、地域における小児科の選択肢が限られており、患者の定着度が高かったことによる。競合が多い都市部の小児科では、接種時期を診療所側の都合で誘導しようとすれば、患者が他院に流れる可能性がある。また、教育投資期間としての閑散期の活用は、スタッフに学習意欲があることを前提とする。組織文化が醸成されていない診療所で同じ施策を導入すれば、研修は形骸化し、費用のみが発生する。経営施策は、それが機能する前提条件とともに理解されるべきであり、他院の成功事例をそのまま移植する発想は危険である。
小児科における季節変動は、今後も継続する。人口減少により小児人口が縮小する地域では、この変動が絶対的な患者数の減少と重なり、経営環境はさらに厳しくなる。この環境下で持続可能な経営を実現するには、変動を嘆くのではなく、変動を前提とした構造を設計する発想が求められる。
最後に、感染症の流行予測という論点に触れておきたい。D院長が構築した体制は、変動のパターンが概ね一定であることを前提としている。しかし2020年以降の経験が示したのは、そのパターン自体が崩れうるということであった。感染対策の徹底により、2020年から2021年にかけてインフルエンザの流行はほぼ消失し、小児科の外来患者数は激減した。その後、免疫を獲得しない小児の増加により、2023年以降は季節外れの流行が繰り返されている。すなわち、季節変動という前提そのものが不安定化しているのである。この状況下で経営者に求められるのは、特定のパターンを前提とした最適化ではなく、パターンが変化した際に速やかに対応できる組織の柔軟性である。D院長が閑散期に教育投資を行っているのは、その柔軟性の源泉が人材の能力にあるという判断による。予測できない変化に対する最も確実な備えは、変化に対応できる人材を育てておくことに他ならない。

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