Clinic Diary
クリニック奮闘記
Clinic Diary
クリニック奮闘記
2026年から、最高気温が40度以上の日は「酷暑日」と呼ばれるようになった。呼称が新設されるほどに、その頻度が高まったということである。気象庁の発表によれば、7月中旬から下旬にかけて西日本を中心に顕著な高温となり、この期間の西日本の平均気温は統計を開始した1946年以降で最も高い記録となった。酷暑日を観測した地点は8月3日時点で延べ34地点に達し、2025年の30地点を上回って、比較が可能な2010年以降で最多となっている。東海地方では観測史上初めて5日連続の酷暑日を記録し、九州でも観測史上初の酷暑日が生じた。8月以降も西日本を中心に高温が続く見込みとされる。
熱中症による救急搬送は1週間で1万人を超える週が生じており、災害に準じる規模の健康被害が毎年繰り返される状況となった。本稿では、この気候条件を前提としたクリニックの外来運営について検討する。
・患者構成が季節によって別の医療機関になる
夏季の外来において、診療科ごとの患者構成の変化は想像以上に大きい。皮膚科では、あせも、伝染性膿痂疹、虫刺され、白癬、日光皮膚炎が増加し、年間で最も繁忙な時期となる診療所が多い。小児科では、手足口病やヘルパンギーナといった夏季の感染症に加え、脱水と熱中症の相談が加わる。内科では高齢者の脱水と熱中症、電解質異常が増え、循環器内科においては脱水による血圧低下や利尿薬の調整、心不全の増悪といった管理上の判断が求められる場面が増える。
反対に、患者数が落ち込む診療科もある。耳鼻咽喉科は花粉症の季節との落差が大きく、整形外科は屋外での活動が減ることによる外傷の減少と、高齢者が外出を控えることによる通院の中断が重なる。この谷をどう捉えるかが経営上の論点となる。閑散期は収益が落ちる期間であると同時に、繁忙期には実行できない業務を行うための期間でもある。職員の有給休暇の取得、機器の保守、手順書の整備、教育の集中実施を、この時期に計画的に配置している診療所は、年間を通じた業務量の平準化に成功している。
・通院の中断を見逃さない
暑さが直接的にもたらす経営上のリスクは、慢性疾患患者の通院中断である。高血圧症や糖尿病、脂質異常症で定期通院している高齢患者にとって、猛暑の日に外出することは負担が大きい。1回の受診を見送ることが、そのまま数か月の中断につながる例は珍しくない。中断は患者の健康にとって不利益であり、医療機関にとっては収益の逸失である。
対策として実務的なのは、次回受診の予定を確認する仕組みを持つことである。大阪府下の内科診療所では、定期通院の患者について次回の受診予定を管理し、予定日から2週間を経過しても来院がない場合に、電話または郵送で連絡する運用を導入した。連絡そのものは事務職員が担い、内容は受診の勧奨にとどめている。導入後、夏季の中断率が明らかに低下した。同様の運用は、整形外科のリハビリテーション継続患者や、皮膚科の外用治療を継続している患者にも応用できる。
受診時間の分散を促すことも有効である。最も気温が高くなる時間帯の来院を避けるよう案内し、その時間帯に予約枠を厚く設けないという運用は、患者の安全と待合の混雑緩和の双方に資する。
・待合環境は診療の一部である
猛暑下において、待合室の環境は快適性の問題ではなく安全の問題となる。屋外で並ぶ運用を継続している医療機関、空調の効きが不十分な待合を抱える医療機関では、待機中の患者が体調を崩す危険が現実に存在する。特に感染症を疑う患者の待機場所を屋外や車内としている場合、暑熱下での待機時間が長時間に及ばないよう管理する必要がある。
空調設備そのものの点検も欠かせない。設備の能力が不足したまま連日の高温にさらされれば、故障は繁忙期に発生する。修理の依頼が集中する時期でもあるため、復旧までに数日を要することもある。夏季に空調が停止すれば、その日の診療は事実上不可能となる。設備の更新時期を把握し、保守を閑散期に実施しておくという判断は、費用の問題ではなく事業継続の問題である。
なお、電気料金の負担は年々重くなっている。空調を絞るという発想は、患者と職員の安全を損なう点で採るべきでない。抑制すべきは無駄であり、待合と診察室の温度管理そのものではない。
・在宅医療では暑さが診療の対象そのものになる
訪問診療を行っている診療所にとって、夏季は診療そのものが暑さと向き合う季節となる。移動する医師と看護師の負担が増すことに加え、訪問先の室内環境が診療上の重要な観察項目となるためである。高齢の患者が空調の使用を控え、室温が危険な水準に達している事例は、実際に訪問した者でなければ把握できない。
呼吸器内科や循環器内科の医師が訪問診療を担当している診療所では、訪問時に室温と湿度を記録する運用を取り入れている例がある。数値として記録すれば、家族やケアマネジャーへの説明が具体的になり、空調の使用や見守りの頻度について合意を得やすい。医学的な管理と生活環境への介入が不可分であることを、夏季の在宅医療は明確に示す。
訪問する側の安全管理も欠かせない。移動時間帯の調整、車内での待機時間の短縮、飲料の携行を業務手順として定めておくことは、職員を守るだけでなく、訪問予定の遂行を確実にする。
・停電を想定した備えがあるか
猛暑と同時に検討すべきなのが、電力供給が途絶した場合の対応である。台風や落雷による停電が高温の時期に発生すれば、空調の停止によって院内は短時間で危険な環境となる。加えて、冷蔵保存が必要な医薬品への影響が生じる。ワクチンを多く扱う小児科や内科では、この点が最も重大な論点となる。
備えとして最低限必要なのは、保冷が必要な医薬品の一覧と保管温度の管理記録、停電時に保冷を維持する手段の確保、そして温度逸脱が生じた場合の判断基準である。判断基準がなければ、復旧後に使用の可否を巡って現場が迷い、結果として安全側に倒して全量を廃棄することになる。廃棄の判断は正しくとも、事前の備えがあれば回避できた損失である。
電子カルテとオンライン資格確認の停止に備えた運用も同様である。停電や通信障害の際に、受付と会計をどのように継続するかを紙の手順として残しておかなければ、その場での判断を全て院長が下すことになる。夏季に限った話ではないが、需要の逼迫によって停電の可能性が高まる時期に、改めて確認しておく価値がある。
・職員の健康管理を管理者の責務として捉える
暑さは職員にも等しく作用する。とりわけ、繁忙期の皮膚科や小児科では、休憩を取らずに業務を続ける職員が生じやすい。滅菌や器具の洗浄を行う区画、書庫や倉庫として使用している部屋は空調が届きにくく、体感温度が高くなる場所である。職員が体調を崩せば、人員に余裕のない診療所では即座に診療体制が揺らぐ。
管理者として行うべきことは単純である。水分補給の時間を業務の中に組み込むこと、休憩を確実に取得させること、空調が届きにくい区画の温度を実測して必要な対策を講じること、そして体調不良を申し出やすい雰囲気を作ることである。最後の項目が最も難しい。人員が薄い職場では、休むことが同僚への負担になるという心理が働き、無理を重ねる職員が生じる。院長が繁忙期こそ休息を優先させる姿勢を明確に示さなければ、この心理は変わらない。
・夏季は資金の谷でもある
経営面で見落とされやすいのが、夏季における資金繰りの厳しさである。賞与の支給、空調に伴う電気料金の増加、職員の休暇取得に伴う診療日数の減少が重なるうえ、患者数が落ち込む診療科では収入も減少する。保険診療の入金は診療月の翌々月であるから、夏季の収入の落ち込みは秋に現れる。
年間の資金計画において、この谷をあらかじめ織り込んでいるかどうかで、判断の余裕は大きく変わる。賞与の支給月と納税の時期が近接している場合はなおさらである。設備投資や採用の決定を夏季に行う際は、その後2か月から3か月の資金の動きを確認したうえで判断すべきである。
・気候が経営の前提条件になった
記録的な暑さは、数年に1度の異常ではなく、毎年の前提条件となった。これは、夏季の患者構成、待合の設計、設備投資の計画、職員のシフト編成、そして年間の収支計画のすべてに影響する。年間の事業計画を立てる際に、夏季の患者数の変動を織り込み、繁忙期と閑散期で異なる人員配置を設計している診療所と、前年と同じ運用を繰り返す診療所とでは、職員の負担にも収支にも差が生じる。
同時に、この気候条件は地域の医療機関としての役割を再認識させる機会でもある。熱中症の予防に関する助言、水分と塩分の摂取についての具体的な指導、高齢者の見守りに関する家族への説明は、いずれも短時間で行えるが、地域における信頼の蓄積として長く残る。暑さを診療の障害として捉えるか、地域の健康課題として捉えるかで、外来の運営は変わってくる。