Vol.1219 倒産統計が示す診療所経営の変質 ―2026年上半期39件という数字を読む―

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Vol.1219 倒産統計が示す診療所経営の変質 ―2026年上半期39件という数字を読む―

帝国データバンクが令和8年7月13日に公表した医療機関の倒産動向調査によれば、令和8年上半期に発生した病院、診療所、歯科医院の倒産は39件であり、過去最多であった前年同期の35件を上回った。このペースが続けば、年間の件数は令和7年の66件を超え、初めて80件に達する可能性があると指摘されている。内訳は病院が4件、診療所が19件、歯科医院が16件であり、診療所については上半期として過去最多であった平成21年上半期の16件を上回った。診療科別では内科が9件で最も多く、外科が4件、眼科が3件、婦人科が2件と続いている。負債総額は123億8千万円で前年同期から32.6パーセント減少し、負債3億円未満の小規模倒産が6割強を占めた。本稿では、この統計から診療所経営の構造変化を読み取る。

・「大きく失敗する」倒産から「小さく力尽きる」倒産へ

注目すべきは、件数が増加する反面、負債総額が3割以上減少しているという点である。負債3億円未満の小規模倒産が過半を占めるという事実は、大規模な設備投資の失敗や無理な多角化による破綻ではなく、通常規模の診療所が日常的な収支の悪化によって事業継続を断念している状況を示している。倒産の性格が変質したと理解すべきである。

背景として指摘されているのは、物価高と人件費の高騰による収益力の悪化である。医薬品費、検査委託費、医療材料費、光熱水費、システム保守費用のいずれもが上昇を続けており、他方で保険診療の価格は診療報酬によって定められているため、コスト上昇を価格に転嫁することができない。令和8年度改定で物価対応料が新設されたのは、この構造的な問題への対応であるが、外来における点数は初診時2点、再診時2点であり、令和9年6月以降に倍増する予定を織り込んでも、上昇したコストの全てを吸収する水準ではない。

もう1つ、この調査が示した特徴的な数値がある。全業種において経営者の病気や死亡を要因とする倒産は3.8パーセントにとどまるのに対し、医療機関ではこの要因が4割を占めた。医療機関の事業継続が院長個人の稼働能力に極度に依存していることを、統計が明確に裏付けている。都道府県別では東京が9件、大阪が4件、北海道、兵庫、福岡が各3件など、18都道府県で発生している。

・ 内科の件数が最多である意味

診療科別で内科が最多となった点について、調査では、内科の中には老人福祉施設やデイサービスを併設して運営する事業者が含まれており、これらの事業の悪化が加わって倒産に至る事例が見られたと分析されている。介護保険事業への多角化は、診療所単体の収益変動を補う手段として長く推奨されてきたが、介護報酬の改定と介護人材の不足が同時に進行する現在においては、リスクの分散ではなくリスクの重畳となる場合がある。

大阪府下で内科と消化器内科を標榜し、隣接地でデイサービスを運営していた医療法人の例では、デイサービスの稼働率が7割を下回った状態が2年続き、介護職員の確保のために賃金を引き上げた結果、介護部門の赤字が診療所部門の利益を上回った。診療所単体では黒字であったにもかかわらず、法人全体の資金繰りが破綻したのである。部門別の損益管理を行っていれば、撤退の判断はより早い段階で下せた可能性が高い。

・ 資金繰りは損益とは別の管理を要する

診療所経営において見落とされやすいのは、損益計算書上の利益と手元資金が一致しないという基本的な事実である。保険診療の収入は、診療月の翌々月に入金される。すなわち6月に診療した分の大部分は8月に振り込まれる。この2か月の時間差の間にも、給与、家賃、医薬品の仕入代金、借入金の返済は発生する。

ここに、返戻と査定が加わる。返戻を受けたレセプトは再請求まで入金されず、査定を受けた分は入金されない。月間レセプト枚数1,200枚、平均点数900点の診療所で、返戻率が2パーセント発生すれば、その月の入金はおよそ21万円遅延する。金額としては大きく見えないかもしれないが、これが毎月継続すれば、常時20万円程度の運転資金が回収待ちの状態で滞留し続けることになる。加えて再請求のための事務工数と、返戻理由の確認に費やされる時間が発生する。レセプト請求の精度は、単なる事務の正確性の問題ではなく、資金繰りの安定性に直結する経営上の論点である。

この時間差を管理する手段が資金繰り表である。作成に必要な情報は、月ごとの入金予定額、給与、家賃、仕入、借入返済、税金および社会保険料の支払予定額であり、いずれも既知の数値である。難しいのは作成ではなく、これを毎月継続し、予定と実績の差異を確認することである。試算表が2か月以上遅れて出てくる状態では、資金の異変に気付くのは通帳の残高が減ったときになる。少なくとも3か月先までの資金の動きが見えている状態を保つことが、経営判断の前提となる。

整形外科でMRIを導入した診療所の例では、リース料と保守費用の合計が月額90万円に達し、撮影件数が損益分岐点である月45件を下回る月が続いた。減価償却費を含む損益上は僅かな赤字にとどまっていたが、リース料は現金の支出であるため、資金繰りは損益以上に悪化していた。設備投資の判断において検討すべきは、投資回収期間だけでなく、月次の現金支出が季節変動の谷でも耐えられるかどうかである。

・ 借入返済は損益計算書に現れない

診療所の資金繰りを圧迫する最大の要因は、しばしば借入金の元本返済である。元本の返済は費用ではないため損益計算書に計上されず、他方で減価償却費は費用として計上されるが現金の支出を伴わない。この2つのずれによって、帳簿上は利益が出ているのに預金が減り続けるという状況が生じる。

判断の目安となるのが、税引後利益に減価償却費を加えた金額と、年間の借入元本返済額との比較である。前者が後者を下回っている状態が続けば、資金は構造的に減少していく。開業時の借入に加え、感染症流行期に実行した実質無利子無担保の融資の返済が本格化している診療所では、この状態に陥っている例が少なくない。返済が苦しいという事実そのものは経営の失敗を意味しない。問題は、その状態を認識する時期が遅れることである。

金融機関との関係についても、資金が不足してから相談に行くのでは条件が悪くなる。試算表と資金繰り表を定期的に提示し、設備投資や返済条件の見直しについて平時から対話を持っている診療所は、状況が悪化した局面でも選択肢を確保しやすい。決算書を年に1度提出するだけの関係では、金融機関は経営の実態を評価できない。

・ 経営者自身がリスクである

先に述べたとおり、医療機関の倒産の4割が経営者の病気や死亡を要因としている。院長が2か月診療できなければ、収入は途絶し、それでも人件費と家賃は発生する。この事態に対する備えを持たない診療所は依然として多い。

備えは3層で考えるべきである。第1に、就業不能や死亡に備える保険による資金面の手当てである。第2に、代診の確保に関する事前の取決めであり、地域の医師会や関連病院との関係構築がこれにあたる。第3に、院長不在でも業務が回る体制の構築である。3層目が最も難しく、かつ最も重要である。予約の管理、在庫の発注、請求業務、職員のシフト調整といった業務が院長の頭の中にしか存在しない診療所では、院長が倒れた瞬間に組織が停止する。

耳鼻咽喉科で日帰り手術を実施している診療所の院長が入院した事例では、手術枠の全てが休止となり、外来のみを非常勤医師が担当した。3か月間で医業収入は平年の55パーセントまで低下したが、固定費は変わらないため、法人はその期間の運転資金を借入で賄うこととなった。院長の復帰後、術前説明と術後管理の手順書を整備し、非常勤医師でも一定範囲の外来を担当できる体制を構築したことで、翌年の同様の事態には対応可能となった。

・ 事業承継は元気なうちに検討する

倒産と休廃業は別の事象である。倒産に至らずとも、後継者が見つからないまま院長が高齢化し、患者と職員を残して閉院に至る例のほうが件数としては多い。事業承継の準備は、体力と判断力が十分にある時期に着手してこそ選択肢が広がる。第三者承継を検討する場合、譲渡の価値を決めるのは建物や医療機器ではなく、安定した患者数と継続可能な収益構造、そして院長不在でも機能する組織である。

倒産統計が示しているのは、診療所経営が構造的に難しい局面に入ったという事実である。ただし39件という数字は、全国におよそ10万施設ある一般診療所からすればごく一部でもある。差を分けているのは診療の質ではなく、収支と資金の流れを数値で把握し、変化に対して早く判断できているかどうかである。月次の試算表が3か月遅れで出てくる状態では、その判断は間に合わない。
 

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