Clinic Diary
クリニック奮闘記
Clinic Diary
クリニック奮闘記
保険診療の単価が公定価格によって定まる以上、クリニックの収益構造を能動的に変えられる余地は限られている。その数少ない領域の1つが予防接種である。予防接種は、季節性と対象年齢が明確であり、需要の総量が人口統計からある程度推計できる。すなわち、計画的に取り組めば収益として設計しうる事業である。にもかかわらず、多くの診療所では「来た人に打つ」という受動的な運用にとどまっている。
2025年4月、帯状疱疹ワクチンが予防接種法上のB類疾病として定期接種化された。制度開始から1年余りが経過し、2026年度は2巡目にあたる。この機会に、予防接種事業全体の設計を見直す価値がある。
帯状疱疹ワクチンの制度設計を正確に理解する
定期接種の対象は、原則として当該年度の年度末時点で65歳となる者である。加えて、2025年度から2029年度までの5年間の経過措置として、当該年度に70歳、75歳、80歳、85歳、90歳、95歳、100歳となる者も対象となる。さらに、60歳から64歳でヒト免疫不全ウイルスによる免疫の機能に障害があり、日常生活がほとんど不可能な者も含まれる。
ここで経営上決定的に重要なのは、この機会が原則として生涯に1回、該当する年度の1年間に限られるという点である。65歳の年度に接種しなかった者が、翌年に定期接種として接種することはできない。経過措置の対象年齢についても、その年度限りである。つまり、対象者にとっては期限のある機会であり、医療機関にとっては年度内に働きかけなければ失われる需要である。
使用できるワクチンは生ワクチンと組換えワクチンの2種類であり、患者が選択する。組換えワクチンは2回接種が必要で、1回目と2回目の間隔は原則として2か月以上7か月未満とされている。年度内に2回を完了させるためには、1回目を概ね1月末までに接種する必要がある。多くの自治体がこの点を注意喚起している。したがって、実務上の勝負どころは秋である。年が明けてから案内を始めても、組換えワクチンを選択する患者は年度内に完了できない。
自己負担額は自治体によって異なる。生ワクチンは4,000円程度とする自治体が多い一方、組換えワクチンは1回あたり10,000円から18,000円程度と、地域差が大きい。この差は患者の選択行動に影響するため、自院の所在自治体の設定を正確に把握しておく必要がある。
効果については、厚生労働省の資料において、生ワクチンは接種後1年時点でおよそ6割、5年時点でおよそ4割の予防効果とされ、組換えワクチンは1年時点で9割以上、5年時点でも9割程度とされている。日本では80歳までにおよそ3人に1人が帯状疱疹に罹患するとされる。この数値は、患者への説明において具体的な判断材料となる。なお、B類疾病であるため接種の努力義務はなく、対象者が希望した場合に受ける性質のものである。この点を踏まえた説明の姿勢が求められる。
診療科ごとの接点の作り方
内科クリニックでは、生活習慣病で定期通院している患者の中に対象年齢の者が相当数含まれている。診療録の生年月日から対象者を抽出し、通常の診察の際に案内するという方法が最も確実である。ある内科クリニックでは、対象年度に該当する通院患者の一覧を年度初めに作成し、診察時に医師が一言触れるという運用を採った。掲示やチラシによる案内と比べて、接種に至る率は明らかに高い。医師からの直接の言葉が持つ影響力は、他の手段では代替できない。
皮膚科は、帯状疱疹の急性期および帯状疱疹後神経痛の患者を実際に診療している立場にある。罹患した患者の家族や、軽症で治癒した患者が周囲に体験を語ることで、予防への関心が地域に広がる。診療の場面で得た知見を、予防の啓発に還元しうる位置にある診療科である。
呼吸器内科では、高齢者の肺炎球菌ワクチンおよびインフルエンザワクチンとの組み合わせが論点となる。慢性閉塞性肺疾患や気管支喘息で通院する患者にとって、感染症の予防は増悪の予防そのものである。複数のワクチンについて、いつ何を接種すべきかを整理した個別の案内を作成しているクリニックもある。
小児科は、定期接種の種類が多く、接種スケジュールの管理が複雑である。同時接種の可否、接種間隔、転居に伴う自治体間の手続き。これらを正確に管理できる体制は、そのまま保護者からの信頼につながる。予約システムを用いて次回接種日を自動で案内する仕組みを導入したクリニックでは、接種の中断が減ったという。予防接種は小児科にとって収益の柱であると同時に、家族との継続的な関係を築く入口でもある。
定期接種と任意接種を1つのポートフォリオとして見る
予防接種事業を設計するにあたっては、定期接種と任意接種を分けて考えるのではなく、年間を通じた1つの事業として捉える視点が有効である。
定期接種は、対象者と時期が制度によって定まっており、自治体からの委託料も定められている。医療機関の裁量は小さいが、需要は安定している。他方、任意接種は価格設定を含めて医療機関が決定するため、収益性の設計余地がある。インフルエンザワクチン、成人の破傷風トキソイド、麻疹風疹混合ワクチンの追加接種、渡航に伴うワクチン、そして帯状疱疹ワクチンの定期接種対象外の年齢層に対する任意接種。これらをどう組み合わせるかは、各院の判断に委ねられている。
なお、帯状疱疹ワクチンについては、定期接種の対象年齢に該当しない50歳以上の者に対して、独自の助成制度を設けている自治体もある。所在自治体および近隣自治体の助成状況を把握しておけば、対象外と思われた患者に接種の道を案内できる。逆に、助成の有無を知らずに全額自己負担として案内してしまえば、患者は他院を探すことになる。
価格設定については、原価に一定の利益を上乗せするという単純な考え方だけでは不十分である。ワクチンの仕入価格、接種に要する人件費、予診票の管理と接種記録の作成にかかる事務コスト、廃棄リスク、そして地域の相場。このうち、事務コストは見落とされやすい。予診票の確認、母子健康手帳への記載、接種済証の発行、副反応が生じた場合の対応。これらに要する時間を換算せずに価格を決めれば、忙しいばかりで利益の出ない事業になりかねない。
耳鼻咽喉科と整形外科における接点
予防接種は内科と小児科の領域と考えられがちであるが、他の診療科にも接点はある。
耳鼻咽喉科では、学校医として関与している場合、児童生徒の予防接種歴に触れる機会がある。また、滲出性中耳炎や反復性中耳炎で通院する小児の保護者は、予防接種についても相談したいと考えていることが多い。日帰り手術を行うクリニックであれば、手術の予定と予防接種の時期が重なることについて、間隔の考え方を説明できる体制があるとよい。
整形外科では、高齢の通院患者を多く抱えているにもかかわらず、予防接種への関与が薄い施設が目立つ。変形性膝関節症や腰部脊柱管狭窄症で毎月通院している患者は、まさに帯状疱疹ワクチンや高齢者肺炎球菌ワクチンの対象年齢に該当する。すべてを自院で実施する必要はないが、対象年度であることを伝え、かかりつけの内科医への相談を促すだけでも、地域医療における役割を果たすことになる。実際、自院で実施する体制を整えた整形外科クリニックもあり、この場合、既存の通院患者という確実な母集団を持つ強みが発揮される。
季節の設計図を描く
予防接種事業は、年間のカレンダー上で計画されなければ機能しない。おおまかな流れとしては、春から夏にかけて定期接種の対象者を把握し、案内の準備を進める。夏の終わりから秋にかけてインフルエンザワクチンの受付と接種を行い、同時に帯状疱疹ワクチンの1回目を促す。年明けから年度末にかけては、未接種の対象者への最終案内と、組換えワクチンの2回目の完了を確認する。
この設計図を持たずに、その都度対応していると、繁忙期にすべてが重なる。インフルエンザワクチンの接種と感染症の外来が同時に押し寄せる11月から12月に、帯状疱疹ワクチンの案内まで始めれば、現場は破綻する。8月という時期は、この設計図を描くのに適している。対象者の抽出、必要量の見積もり、案内文書の準備、接種枠の設定。いずれも今のうちに済ませておけば、秋以降の運用は格段に楽になる。
計画的に組み立てられた予防接種事業は、収益の柱であると同時に、患者との接点を年に1回以上確実に作る仕組みでもある。慢性疾患を持たない健康な地域住民が、かかりつけ医を持つきっかけになることも多い。予防接種は、診療所が地域と結ぶ最も自然な接点である。
財務の視点で捉える
予防接種事業を財務の観点から見るとき、押さえるべきは在庫と枠の管理である。ワクチンには有効期限があり、発注量を誤れば廃棄損が生じる。一方、品切れを起こせば患者は他院に流れ、その患者は翌年も戻ってこない可能性が高い。過去の実績と対象者数の推計から、月別の必要量を組み立てておく作業が要る。
また、接種に要する時間と人員も収益性を左右する。予診票の確認、問診、接種、接種後の経過観察。1人あたりに要する時間を実測し、通常の外来診療とは別枠の時間帯を設けるほうが、結果として双方の待ち時間を短縮できる場合が多い。流行期のインフルエンザワクチンについては、多くのクリニックが既に専用枠を設けているが、帯状疱疹ワクチンについては通常診療の合間に実施している例が目立つ。組換えワクチンの場合は2回目の予約を同時に確定させることで、接種完了率を高めることができる。
予防接種は、病気になってから対応する医療とは異なり、健康な人に働きかける医療である。地域の中で自院がどれだけ予防に関与しているかは、かかりつけ医としての機能を示す具体的な指標でもある。年度後半に向けた計画を立てるのは、まさに今の時期である。