Vol.1230 医療事務を「専門職」として育てる ― 属人化を解き、キャリアを描く

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Vol.1230 医療事務を「専門職」として育てる ― 属人化を解き、キャリアを描く

診療所の経営を支えている職種は何かと問われたとき、多くの院長は看護師の名を挙げるであろう。診療の補助という業務の性質上、それは自然な回答である。しかし、収益という側面から見れば、答えは変わる。診療という行為が金銭に変換される過程を担っているのは、医療事務である。

 

算定要件を理解し、必要な記録の有無を確認し、レセプトを点検し、返戻や査定に対応する。この一連の業務の精度が、そのまま診療所の収益を決める。同じ診療を行っていても、算定の精度が異なれば収入は変わる。にもかかわらず、この職種の位置づけは、多くの診療所において「受付の人」にとどまっている。

 

属人化という静かなリスク

 

小規模な診療所において、最も深刻な問題は属人化である。開業以来10年以上勤めているベテランの職員が、算定のルールも、施設基準の届出も、患者ごとの事情も、すべて頭の中に持っている。マニュアルはなく、記録もない。院長自身も詳細を把握していない。この状態は、日々の業務が滞りなく回っている間は問題として認識されない。

 

しかし、その職員が退職を申し出た瞬間、診療所は危機に陥る。引継ぎに要する期間は数か月では足りず、後任が同じ水準に達するまでには年単位を要する。その間、算定漏れが発生し、返戻が増え、収益は目に見えて落ちる。実際、ベテラン職員の退職を契機に収益が悪化したという相談は、決して珍しいものではない。

 

属人化を解く作業は、地味で時間がかかる。しかし、方法は明確である。まず、業務を書き出すこと。日次、週次、月次、年次に分けて、誰が何をいつ行っているかを一覧にする。次に、判断を伴う業務について、判断の基準を文書化する。この患者にはこの管理料を算定する、この場合には医師に確認する、といった内容である。最後に、複数名で担当できる状態にする。

 

ここで院長が果たすべき役割は、この作業に業務時間を割り当てることである。「余裕があるときに進めてほしい」という指示では、永遠に着手されない。月に1回、2時間を確保し、その時間は他の業務を止めるという形で明示的に投資する必要がある。

 

何を教えるべきか

 

医療事務の教育というと、算定ルールの習得を想起しがちである。もちろんそれは基礎であるが、それだけでは専門職とは言えない。

 

第1に必要なのは、診療の流れを理解することである。なぜこの検査が必要なのか、この処置は何のために行われるのか。医学的な深い理解を求めるのではない。ただ、循環器内科であれば心不全の管理において何が重要か、消化器内科であれば内視鏡検査の前後で何が起きるか、整形外科であればリハビリテーションがどのような目的で処方されるかを、大まかにでも理解している職員は、算定の判断が的確になる。「なぜこの記載が必要なのか」がわかれば、記録の不足に自ら気づくことができる。

 

第2に、制度全体を理解することである。診療報酬の算定要件だけでなく、医療保険制度の給付の仕組み、公費負担医療の種類、労災や自賠責の取扱い。患者から「この治療は保険がききますか」と問われたときに、正確に答えられる職員は、患者からの信頼を得る。

 

第3に、数字を読む力である。自院のレセプト件数、平均点数、返戻率、査定率。これらの推移を追い、変化に気づくことができれば、それは経営を支える情報になる。院長が把握していない変化に、事務職員が先に気づくという状況は、望ましい状態である。

 

ある内科クリニックでは、月に1度、事務職員が自院の数値を1枚の資料にまとめ、院長と看護師長を含めた場で共有する運用を始めた。当初は数字を並べるだけであったが、回を重ねるうちに「先月は初診が減っている」「この加算の算定率が下がっている」といった気づきが職員の側から出るようになった。数字を扱うという経験そのものが、職種の位置づけを変えた例である。

 

キャリアの階段を描く

 

医療事務の離職理由として挙げられることが多いのが、将来の見通しの不在である。何年勤めても業務内容が変わらず、賃金も上がらず、役職もない。この状態で長く働き続けることを期待するのは、現実的ではない。

 

診療所の規模では役職を細かく設けることは難しいが、業務の到達度による段階を設定することはできる。受付と会計を1人で担当できる段階、レセプト点検を担える段階、施設基準の管理と届出まで担える段階、新人の教育を担える段階。それぞれに求める要件を明示し、到達したときに処遇に反映する。これだけでも、職員にとっては「何を身につければよいか」が見える。

 

外部の資格取得を支援することも有効である。診療報酬請求事務に関する各種の認定試験は、体系的な知識の習得に役立つ。受験料や教材費を診療所が負担する、勉強時間を業務時間内に確保するといった支援は、費用としては小さく、効果としては大きい。資格そのものより、学ぶことが奨励される職場であるという事実が、定着に寄与する。

 

採用よりも定着を設計する

 

人材の確保というと採用に目が向きがちであるが、診療所の規模においては、定着のほうがはるかに費用対効果が高い。1人が辞めれば、求人媒体への掲載費、面接に費やす時間、採用後の教育に要する数か月分の低生産性が発生する。これらを合算すれば、既存職員の処遇を改善する費用を上回ることは珍しくない。

 

定着を左右する要因は、賃金だけではない。むしろ、離職の理由として挙げられることが多いのは、人間関係、業務量の偏り、評価の不透明さである。

 

業務量の偏りは、小規模組織では特に起きやすい。有能な職員に業務が集中し、その職員が最も疲弊する。そして辞める。この構図を防ぐには、業務の可視化しかない。誰が何をどれだけ担っているかを一覧にすれば、偏りは一目で見える。可視化を経ずに「均等に」と指示しても、実態は変わらない。

 

評価の不透明さについては、完璧な評価制度を作る必要はない。求める行動を言葉にし、それができているかを定期的に伝えるだけでも、状況は改善する。年に2回、30分ずつでよいので、院長が1人ずつと話す時間を持つ。何を期待しているか、何ができるようになったと見ているか、次に何を身につけてほしいか。この3点を伝えるだけで、職員は自分が見られていることを知る。

 

看護師と事務の関係を設計する

 

診療所の組織課題として意外に多いのが、看護職と事務職の間の摩擦である。両者は業務の性質も、養成の背景も、資格の有無も異なる。同じ空間で働きながら、互いの仕事の中身を知らないという状況が生じやすい。

 

耳鼻咽喉科で日帰り手術を行っているクリニックの例を挙げる。手術日には看護師の負荷が極端に高まる一方、事務職員は通常どおりの受付業務を行っている。看護側から見れば「手伝ってほしい」となり、事務側から見れば「専門外の業務はできない」となる。ここで有効だったのは、手術日の業務のうち、資格を要しない準備作業を洗い出し、事務職員が担える範囲を明確に切り分けたことであった。物品の補充、書類の準備、患者への説明資料の用意。線引きが明確になったことで、双方の不満は解消した。

 

曖昧なまま「協力しましょう」と呼びかけるだけでは、摩擦は残る。誰が何をするかを具体的に決めることが、組織運営の実体である。

 

院長が知らないことを職員は知っている

 

診療所の運営において、院長が把握していない情報は驚くほど多い。どの患者がどの時間帯に来やすいか、どの説明でつまずく患者が多いか、どの書類の作成に時間がかかっているか。これらは診察室からは見えない。

 

ある皮膚科クリニックでは、月に1度、診療終了後に30分間の会議を設けた。議題は決めず、「今月困ったこと」を各自が1つずつ挙げるという形式である。当初は誰も発言しなかったが、院長が「言ってくれたことは責めない」と繰り返し明言し、実際に改善につながった案件が出てきたことで、発言は増えた。挙がったのは、外用薬の使用方法の説明が人によって異なっている、処置後の再診の案内が徹底されていない、といった具体的な事柄であった。いずれも、診療の質と収益の両方に関わる内容である。

 

この種の場を設けることの意味は、情報の吸い上げにとどまらない。自分の意見が組織の運営に反映されるという経験は、職務への関与の度合いを変える。指示された作業をこなす存在から、運営に参加する存在へと、職員の自己認識が移る。専門職としての成長は、知識の習得だけでなく、この自己認識の変化を伴う。

 

社会的地位という論点

 

医療事務という職種は、資格がなくても就業できる。この参入障壁の低さが、職種としての評価を押し下げてきた側面は否定できない。しかし、実際に求められる知識と判断は、年々高度化している。制度改正への追随、施設基準の管理、各種報告書の作成、そして患者への制度説明。これらを担える人材は、決して代替可能ではない。

 

この職種の社会的な評価を高めることは、業界全体の課題である。そして、その第一歩は、それぞれの診療所において、院長がこの職種を専門職として扱うことにある。業務を任せ、判断の裁量を与え、成果を認め、処遇に反映する。当たり前のことであるが、実行されている診療所はまだ多くない。

 

診療所は、医師1人では成り立たない。医学的な判断は医師にしかできないが、その判断を制度の言語に翻訳し、収益として成立させる作業は、別の専門性を必要とする。この2つの専門性が対等に噛み合ったとき、診療所の経営は安定する。人材を育てるという投資は、設備投資と異なり減価償却されない。むしろ年々価値を増していく。この点を、あらためて確認しておきたい。

 

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