Clinic Diary
クリニック奮闘記
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クリニック奮闘記
日本銀行は2026年6月16日の金融政策決定会合において、政策金利をそれまでの0.75パーセント程度から1.0パーセント程度へ引き上げることを決定した。政策金利が1.0パーセントの水準に達するのは1995年以来、およそ31年ぶりのことである。続く7月30日および31日の会合では1.0パーセント程度に据え置かれたが、日本銀行は現在の金融環境がなお緩和的であるとの認識を示しており、経済・物価情勢に応じて今後も引き上げていく方針を維持している。
長期金利についても上昇が進んでおり、10年国債の利回りは2026年5月に一時2.8パーセント台まで上昇した。企業向け貸出の基準となる短期プライムレートは、多くの銀行で2.125パーセント程度となっている。
2024年3月のマイナス金利政策解除から2年あまり、日本の金融環境は明確に変わった。長らく続いた超低金利を前提として組み立てられてきた医業経営の常識は、この局面で見直しを迫られる。
借入は「いくら借りるか」から「どう返すか」へ
診療所の経営において、借入は避けて通れない。開業時の運転資金と設備資金、その後の医療機器の更新、内装の改修、分院の開設。いずれも自己資金だけで賄えるものではない。
金利が実質的にゼロに近い環境では、借入のコストは主に元本の返済負担であり、金利負担は二次的な要素にすぎなかった。しかし、金利水準が上がれば、この構図は変わる。仮に借入額5,000万円、返済期間15年、元利均等返済という条件で試算すると、適用金利1.0パーセントであれば毎月の返済額はおよそ29万9,000円、総返済額はおよそ5,386万円となる。これが2.5パーセントであれば毎月およそ33万3,000円、総返済額はおよそ6,001万円である。差は総額で600万円あまり、毎月でおよそ3万4,000円となる。月あたりの数万円は見過ごされやすいが、15年という期間で積み上がれば、常勤職員1人分の年収を上回る規模になる。
より重要なのは、変動金利で借り入れている既存の債務である。開業から数年が経過し、変動金利で借り入れた資金を返済している最中の院長は、金利の見直し時期と、その際の適用金利の決まり方を把握しているだろうか。多くの場合、適用金利は短期プライムレートに一定の幅を加減して決定される。基準となる短期プライムレートが上昇すれば、返済額は増える。
住宅ローンにおける5年ルールや125パーセントルールのような激変緩和の仕組みは、事業性の借入には通常適用されない。すなわち、見直し時期が来れば返済額はそのまま増える。この点は、あらかじめ確認しておくべきである。金融機関の担当者に、次回の金利見直し時期と、現時点の水準が続いた場合の返済額を試算してもらうだけでも、資金繰りの見通しは明確になる。
固定と変動をどう考えるか
金利上昇局面において、固定金利への切り替えを検討する院長は多い。ただし、判断は単純ではない。固定金利は、市場が将来の金利上昇をあらかじめ織り込んで決まるため、変動金利より高い水準から始まる。2026年時点で固定金利が既に相当程度上がっているのは、そのためである。
判断の軸は、金利の予測ではなく、自院がどれだけの変動に耐えられるかである。返済額が現在より2割増えたときに、資金繰りが回るかどうか。回らないのであれば、予測にかかわらず固定化を検討すべきである。回るのであれば、金利差の分だけ変動を選ぶ合理性が残る。これは投機的な判断ではなく、リスク許容度の判断である。
また、借入期間の長さも変数となる。残存期間が3年であれば、多少の金利上昇が総額に及ぼす影響は限られる。残存期間が15年であれば、影響は大きい。残存期間が長い債務ほど、固定化の意味は増す。
設備投資の判断はどう変わるか
金利が上がるということは、設備投資に求められる収益性の水準が上がるということである。
消化器内科における内視鏡システムの更新を例に取る。仮に投資額が2,000万円、耐用年数を6年とすれば、年あたりの減価償却費はおよそ333万円である。ここに借入金利が加わる。金利が1.0パーセントであれば年20万円程度、2.5パーセントであれば年50万円程度の利息負担となる。この差額を吸収するには、検査件数を増やすか、他の費用を減らすか、更新そのものを見送るかのいずれかである。
判断にあたって確認すべきは、その設備が生み出す収益が、返済原資として十分かという点である。返済原資は、税引後の利益に減価償却費を加えた額として概算される。新しい内視鏡システムによって検査枠が増える、検査時間が短縮される、画質の向上によって紹介が増えるといった効果を、可能な範囲で数値化しておきたい。「そろそろ古いから」という理由だけで2,000万円規模の投資判断を行うことは、金利のある世界では危うい。
整形外科におけるデジタルX線撮影装置やリハビリテーション機器、耳鼻咽喉科における手術用顕微鏡や内視鏡システム、皮膚科における処置室の設備。いずれも同じ考え方が適用される。加えて、近年は円安と物価上昇によって医療機器の価格そのものが上がっている。金利と価格の双方が上昇する局面では、投資の意思決定は以前より慎重であるべきである。
一方で、更新を先送りすることのコストも計算に入れる必要がある。故障による休診、保守部品の供給終了、画質や精度の劣化による診断への影響。これらは数値化しにくいが、確実に存在するリスクである。先送りは判断の回避であって、判断ではない。
金融機関との関係をどう作るか
金利が上がる局面では、金融機関との関係の質が、そのまま調達条件に反映される。同じ財務内容であっても、日頃から情報を提供している先と、返済しているだけの先とでは、提示される金利や期間に差が出る。
具体的に何をすればよいのか。第1に、決算書を渡す際に、数字の説明を添えることである。売上が減ったのであれば、患者数の変化か単価の変化か、そして今後の見通しはどうか。増えたのであれば、何が寄与したのか。決算書だけを郵送するのと、この説明を口頭で加えるのとでは、担当者が上席に上げる稟議の質が変わる。
第2に、悪い情報を早く伝えることである。設備の故障で臨時の資金が必要になった、近隣に競合が開業して患者数が減っているといった情報は、隠したくなるものである。しかし、金融機関が最も警戒するのは、想定外の情報が後から出てくることである。早い段階で相談を受けた案件と、資金が尽きてから持ち込まれた案件とでは、対応の余地がまったく違う。
第3に、複数の金融機関と接点を持っておくことである。1行のみとの取引に依存している状態では、条件の比較ができない。地域金融機関に加えて、独立行政法人福祉医療機構のような公的な資金供給の仕組みも選択肢に含めて検討したい。制度の内容や適用条件は時期によって変わるため、検討の段階で最新の情報を確認することを勧める。
金利上昇には別の側面もある
金利の上昇は、借入をしている側にとっては負担増である。しかし、経営環境全体で見れば、影響は一方向ではない。
まず、預金金利が上がる。手元資金を厚く持っている診療所にとって、これは収入である。金額としては大きくないが、長らくゼロに近かったものが動き始めた意味はある。
次に、金利が上がる背景には物価と賃金の上昇がある。これは費用の増加要因であると同時に、経済全体が名目で拡大していることを意味する。診療報酬という公定価格の世界に身を置く医療機関にとって、この環境は不利に働きやすい。売上の単価を自ら上げることができないからである。だからこそ、算定の精度を高め、費用の構造を見直し、投資の効率を上げるという内部の努力が、以前にも増して意味を持つ。
さらに、金利上昇は不動産価格や事業承継の評価にも影響する。将来的に診療所の譲渡を視野に入れているのであれば、買い手側の資金調達コストが上がることは、評価額に対する下押し要因となりうる。出口を意識するのであれば、この点も頭の片隅に置いておきたい。
リースと購入、そして自己資金
設備の調達方法として、リースを選ぶか購入するかという論点もある。リースは初期の資金負担が軽く、保守が含まれる契約もあるため、資金繰りの面では有利である。他方、総支払額は購入より大きくなることが一般的であり、リース料には金利相当分が含まれている。金利上昇局面では、リース料率も上昇する。
自己資金を厚く持っている場合には、投資に充てるか、手元に残すかという選択も生じる。金利が上がったということは、預金金利も上がったということであり、手元資金を保有することの機会費用は以前より小さくなっている。加えて、Vol.1225でも触れたとおり、診療所の資金繰りには診療報酬の入金までの時間差が構造的に存在する。手元流動性を削ってまで自己資金で投資を行うことは、必ずしも合理的ではない。
金利のある世界に戻ったということは、資金に価格が付いたということである。価格が付いた以上、それをどう調達し、何に投じ、どう返すかを説明できなければならない。金融機関との対話においても、この説明ができる院長とできない院長とでは、提示される条件が変わってくる。決算書を年に1度眺めるだけの関わり方から、一歩踏み込む時期に来ている。