Vol.1235 2030年から逆算する情報基盤投資 ― 電子カルテ普及率100%方針とクリニックの投資判断

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Vol.1235 2030年から逆算する情報基盤投資 ― 電子カルテ普及率100%方針とクリニックの投資判断

2025年12月に成立した医療法等の一部を改正する法律により、2030年12月末までに政府が電子カルテの普及率100%を達成することが明文化された。この規定は医療機関に対して電子カルテの導入を直接義務づけるものではない。しかし、医療DX令和ビジョン2030に示された方針と併せて考えれば、国が導入と利活用を強力に促していく方向は明らかである。

同じ改正により、医療機関報告制度が新設された。医療機関ごとのデジタル化の進捗状況を国が把握する仕組みであり、これまで統計的にしか捉えられていなかった導入状況が、個別の医療機関単位で可視化されることになる。

令和8年度診療報酬改定においても、この方向に沿った再編が行われた。医療DX推進体制整備加算と医療情報取得加算が廃止され、新たに電子的診療情報連携体制整備加算が創設されている。加算の名称から読み取れるのは、評価の重点が体制の整備そのものから、診療情報を電子的に連携させることへ移ったという点である。

本稿で扱いたいのは、これらの制度動向をどう理解するかではなく、それを踏まえて自院がいつ、いくらを、どのような資金で情報基盤に投じるべきかという投資判断の問題である。

義務ではないという事実が判断を難しくする

現時点において、電子カルテの導入は法的な義務ではない。この事実が、かえって院長の判断を難しくしている。

義務であれば、期限までに対応するという単純な意思決定になる。しかし義務でない以上、導入するかしないか、するとしていつかという判断を、経営者が自ら下さなければならない。しかも、導入しないという選択が将来どのような不利益をもたらすかは、現時点では確定していない。

参考になるのは、オンライン資格確認システムの導入をめぐる経緯である。当初は努力義務として始まり、その後に原則義務化され、対応しない医療機関には診療報酬上の取り扱いで差が設けられた。この経過を踏まえれば、電子カルテについても、国の方針に沿わない医療機関に対する経済的な不利益、すなわち減算措置が将来的に導入される可能性は、現実的な想定として考慮すべきである。

もっとも、投資判断において考慮すべきはこの規制リスクだけではない。より実務的な問題として、地域医療連携の実態がある。電子的な診療情報提供書のやり取りが標準となり、全国医療情報プラットフォームへの参加が前提となる医療提供体制において、紙のカルテで運用を続ける医療機関は、連携の枠組みから外れていく。これは制度上の不利益ではなく、日常の診療における実質的な不利益である。

整形外科における連携の量という論点

診療情報の連携がどれだけ経営に影響するかは、診療科によって大きく異なる。

整形外科のクリニックを例に考えたい。外傷や変性疾患の診療において、手術適応の判断や術後の管理をめぐって、地域の基幹病院との往復は日常的に生じる。エックス線画像やCT、MRIの画像情報を伴う紹介と逆紹介が頻繁に行われる領域である。

このようなクリニックにおいて、画像を含む診療情報を電子的にやり取りできるかどうかは、紹介先の病院から見た連携のしやすさに直結する。地域包括ケア病棟からの逆紹介を受ける際にも同様である。連携がスムーズな医療機関に患者が回ってくるという傾向は、明文化された制度ではないが、現場では確実に働いている。

耳鼻咽喉科において日帰り手術を実施しているクリニックの場合も同様である。全身麻酔を要する症例を基幹病院へ紹介する、あるいは術前の全身状態の評価を他院に依頼するといった場面で、情報連携の速度が診療のスケジュールを左右する。手術枠の稼働率が収益を規定する診療形態において、連携に要する日数は経営上の変数である。

他方、皮フ科や小児科の一般外来のように、自院内で診療が完結する比率が高い診療形態では、連携の頻度そのものが少ない。この場合、電子カルテ導入の判断は、連携の便益よりも院内業務の効率化と、将来の規制リスクの回避という観点から評価されることになる。

投資判断の第1歩は、自院にとっての便益がどこから生じるのかを明確にすることである。他院が導入しているから、あるいは加算が算定できるからという理由だけで判断すると、投資額に見合う効果が得られない。

早期に導入するか、待つか

投資のタイミングについては、早期導入と待機のいずれにも合理性がある。

早期に導入する利点は、加算の算定を早く開始できること、スタッフの習熟に時間をかけられること、そして補助金制度が利用可能な期間に投資を済ませられることである。とくに習熟にかかる期間は軽視できない。導入直後は入力に時間を要し、外来の回転が一時的に落ちる。この生産性の低下を、比較的余裕のある時期に済ませておくという判断には意味がある。

待機する利点は、標準仕様の確定を待てることである。2026年に電子カルテの標準仕様に関する基本要件が公表され、標準型電子カルテの動向も明らかになりつつある。標準化が進む過程で導入すれば、将来の乗り換えやデータ移行にかかる負担を軽減できる可能性がある。また、製品間の競争によって価格や機能が改善することも期待できる。

この選択は、自院の投資余力と、開業からの経過年数によって変わる。開業から数年で、他の設備投資が一段落していないクリニックであれば、待機してデータ移行の負担を減らすという判断は合理的である。逆に、開業から10年以上が経過し、レセプトコンピュータの更新時期が近づいているのであれば、更新のタイミングで一体的に移行するほうが総投資額は抑えられる。

資金の性質を選ぶ

投資額の調達方法についても、判断を要する。

クラウド型の電子カルテは初期費用を抑えられる反面、月額の利用料が継続的に発生する。オンプレミス型はサーバーの設置を要し初期投資が大きくなるが、支払いは一時的である。前者は費用として毎期の損益に計上され、後者は資産として計上されて減価償却により複数年にわたり費用化される。

この違いは、単なる会計処理の問題ではない。事業承継を視野に入れている院長にとっては、承継時点での資産構成に関わる。承継の数年前に大型のオンプレミス投資を行えば、簿価の残った資産を承継者に引き継ぐことになり、譲渡価格の交渉に影響する。逆に、月額課金の仕組みであれば、承継後の運営コストとして引き継がれる。

また、借入によって設備投資を行う場合には、返済期間と資産の耐用年数との整合を確認する必要がある。5年で陳腐化する可能性のあるシステムに対して7年の借入を行えば、返済が終わる前に次の投資判断を迫られる。

補助金や助成金の活用も検討に値するが、制度は年度ごとに変わるため、投資を決めた段階で最新の内容を確認することが前提となる。

スタッフの受容という変数

情報基盤への投資は、機器を購入して終わるものではない。実際に業務を変えるのは、それを使う人である。

導入に際してスタッフから抵抗が生じることは、決して珍しくない。長年慣れた手順が変わることへの不安、新しい操作を覚えることへの負担感、そして自らの経験が無価値になるのではないかという懸念が、その背景にある。この抵抗を単なる後ろ向きな態度として処理すると、導入後の定着に支障が生じる。

投資判断の観点から重要なのは、この習熟期間を投資計画のなかに費用として織り込んでおくことである。導入後の数か月間、外来の処理能力が低下し、時間外の勤務が増えることは想定しておくべきである。その分の人件費と、患者の待ち時間の増加による機会損失は、システムの購入価格には含まれていないが、確実に発生する費用である。

これを見込まずに導入時期を繁忙期に設定してしまえば、費用は実際より大きくなる。小児科であれば感染症の流行期を、耳鼻科であれば花粉症のシーズンを避けるといった判断は、それ自体が投資効率を左右する。

2030年から逆算する

2030年12月という期限は、まだ4年以上先である。しかし、システムの選定に数か月、導入と移行に数か月、習熟に半年程度を要すると考えれば、実際に判断が必要となる時期はそれほど遠くない。

まして、標準仕様の確定を待つという選択を採る場合、待機期間が長引けば、導入が集中する時期にベンダーの対応能力が逼迫するという事態も想定される。オンライン資格確認の導入時に生じた混雑を記憶している院長も多いはずである。

投資の判断において求められるのは、期限に間に合わせることではなく、自院の経営計画のなかで最も適切な時期を選ぶことである。そのためには、期限から逆算した工程表を持ち、他の設備投資や資金調達の予定と重ね合わせて検討する必要がある。制度動向を追いかけるだけでは、この判断はできない。

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