Clinic Diary
クリニック奮闘記
Clinic Diary
クリニック奮闘記
クリニックの費用構造を論じるとき、議論はほぼ例外なく人件費に集中する。職員数が適正か、賃上げの原資をどう確保するか、といった論点である。人件費が医業費用の最大項目である以上、これは自然なことではある。しかし、その結果として、人件費以外の費用については、毎月の試算表に並ぶ数字を確認するにとどまり、構造として点検されないまま推移している診療所が多い。
物価と人件費の上昇は、医療機関に対しては二重に作用する。1つは自院の職員に支払う賃金として、もう1つは外部から購入する物品とサービスの価格として、である。後者は請求書の金額としてしか現れないため、上昇の実感が伴いにくい。本稿では、人件費以外の費用に焦点を当て、医業原価をどう見直すかを検討する。
費用を性質ではなく挙動で分ける
まず必要なのは、費用の分類の仕方を変えることである。会計上、医業費用は給与費、医薬品費、材料費、経費、減価償却費といった科目に分類される。この分類は決算のためには適切だが、経営判断のためには不十分である。判断に必要なのは、患者数が増減したときにその費用がどう動くか、という区別である。
患者数に比例して増減する費用を変動費、患者数にかかわらず一定額が発生する費用を固定費と呼ぶ。医薬品費と診療材料費は典型的な変動費であり、家賃、リース料、減価償却費、正職員の給与、保守契約料は固定費に近い。水道光熱費や委託費は、基本料金の部分が固定的で、使用量に応じた部分が変動的という中間的な性質を持つ。
この分解を一度行っておくと、経営判断の見通しが大きく変わる。たとえば、診療時間を30分延長すべきかという問いに対して、増加する費用のうちどれが変動費でどれが固定費かが分かっていれば、必要な追加患者数を計算できる。逆に、この分解を行わないまま「忙しいから人を増やす」という判断を重ねると、固定費だけが積み上がり、患者数が減少した局面で身動きが取れなくなる。
変動費としての医薬品費と診療材料費
医薬品費と診療材料費の水準は、診療科によって大きく異なる。院内処方を行っている診療所では医薬品費の比率が高くなり、処置や手術を伴う診療科では材料費の比率が高くなる。
皮フ科および形成外科を例に取れば、外用薬、局所麻酔薬、縫合糸、被覆材、生検用の器材といった品目が日常的に消費される。これらは1件あたりの単価が小さいため、個別の価格上昇が意識されにくい。しかし、年間の消費量を乗じれば無視できない金額になる。耳鼻咽喉科で日帰り手術を実施している施設であれば、手術1件あたりに消費する材料を品目別に積み上げ、当該手術の診療報酬点数と対比する作業が有効である。この計算を行った結果、特定の術式については材料費と人件費を賄えていないと判明することもある。その場合の選択肢は、術式や材料の見直し、あるいは症例構成の再検討であり、いずれにせよ計算をしなければ選択肢は現れない。
在庫についても同様である。医薬品と材料には有効期限があり、期限切れによる廃棄は費用として計上されるが、廃棄損として独立した科目に集計されていなければ、その規模は把握されない。整形外科において装具の在庫を抱えている場合、サイズごとの回転率には大きな差がある。回転の遅い品目を常時在庫として持つ必要があるのか、取り寄せで対応できるのかという判断は、資金の効率に直結する。棚卸を年1回の決算作業としてのみ行っている診療所は、まず主要品目について四半期ごとの棚卸を試みるとよい。
固定費としての委託費と設備関係費
固定費のうち、点検の余地が大きいのは委託費である。臨床検査の外部委託、医療廃棄物の処理、清掃、リネン、医療機器の保守、電子カルテやレセプトコンピュータの保守、ホームページの管理といった契約は、開業時に締結され、その後は自動更新のまま推移していることが少なくない。開業から10年が経過していれば、当時の契約内容が現在の診療実態に適合している保証はない。
たとえば、臨床検査の委託契約において、開業当初に想定していた検査項目と、現在実際に依頼している項目の構成は同じだろうか。消化器内科として開業し、その後に生活習慣病の管理患者が増えていれば、検査の構成は当然変化している。検査項目ごとの委託単価は交渉の対象であり、依頼量の実績を示したうえで見直しを求めることは、取引先との関係を損なう行為ではない。
医療機器の保守契約についても、対象機器の稼働状況と契約内容の整合を確認したい。整形外科における画像診断機器のように、稼働率が高く、停止が診療の停止に直結する機器については手厚い保守が必要である。他方、稼働頻度の低い機器について同水準の契約を維持する必要があるかは、故障時の影響と保守料の対比で判断すべき事柄である。
水道光熱費は、契約内容の見直しによって一定の削減が可能な領域である。ただし、削減の余地を過大に見積もるべきではない。空調を抑制して待合室の快適性を損なえば、その影響は患者満足度として現れる。ここで求められるのは節約ではなく、契約単価と使用実態の適正化である。
損益分岐点を1日あたり患者数に翻訳する
固定費と変動費を分解する最大の効用は、損益分岐点を算出できることにある。固定費の総額を、患者1人あたりの限界利益、すなわち診療単価から変動費を差し引いた金額で除せば、収支が均衡する年間の患者数が求められる。これを年間の診療日数で割れば、1日あたり何人の患者を診療すれば収支が均衡するかが分かる。
この数字を把握している院長は、意外にも多くない。しかし、これを知っているかどうかで、日々の判断の質は明確に変わる。1日あたりの均衡点が40人であると分かっていれば、患者数が35人で推移している月に何が起きているのかを、感覚ではなく数値として認識できる。逆に、均衡点を大きく上回っている場合には、増員や設備投資の余力があると判断できる。
さらに、この計算は費用の増加を評価する尺度にもなる。委託費が年間で30万円増加するという通知を受けたとき、それが1日あたり何人分の診療に相当するかを換算すれば、受け入れるべきか交渉すべきかの判断基準が得られる。抽象的な金額のままでは判断できないことも、日々の診療の単位に翻訳すれば判断できる。
原価管理は値切ることではない
費用の点検を提案すると、取引先との関係を悪化させることへの懸念が示されることがある。しかし、ここで論じているのは価格の引き下げを一方的に求めることではない。契約内容が現在の診療実態に適合しているかを確認し、不要な部分を整理し、必要な部分には正当な対価を支払うという、取引の正常化である。
物価と人件費の上昇局面において、取引先もまた価格の改定を必要としている。その要請を無条件に受け入れることも、一律に拒むことも、経営判断とは言えない。自院の費用構造を把握し、どの費用がどの成果に結びついているかを説明できる状態にしておくことが、値上げの要請に対して合理的に応答するための前提となる。
令和8年度診療報酬改定によって収入面の環境は改善したが、その効果を手元に残せるかどうかは費用構造の管理にかかっている。収入の増加分が費用の増加分に吸収されてしまえば、経営の実感は変わらない。人件費の議論に偏りがちな費用管理を、いま一度、医業原価の全体へと広げて点検する価値は十分にある。