Clinic Diary
クリニック奮闘記
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クリニック奮闘記
秋から冬にかけての感染症シーズンは、多くのクリニックにとって年間で最も収入の大きい時期であると同時に、最も現場が疲弊する時期でもある。そして、この時期の収支と負荷の大半は、9月の段階でほぼ決まっている。予約の受付方法、接種枠の設計、ワクチンの発注量、通常診療との動線の分け方といった判断は、いずれも流行が始まってからでは変更が効かない。本稿では、2026/27シーズンに固有の前提条件を確認したうえで、予防接種を経営の観点からどう設計するかを検討する。
今シーズン固有の前提条件
まず押さえておくべき前提が2つある。
1つは、新型コロナウイルスワクチンの定期接種についてである。厚生労働省は、薬事承認と供給の見通しを踏まえ、2026年10月1日から定期接種を開始する方向で準備を進めている。2026/27シーズンの供給量は、8月下旬の時点でおよそ700万回分が見込まれている。定期接種の対象は高齢者等に限られ、それ以外の希望者は任意接種として自費での接種となる。この構造は前シーズンから継続しているが、供給量が有限である以上、自院がどの程度の量を確保できるかは発注時期に依存する。
もう1つは、季節性インフルエンザワクチンに関する変更である。2026/27シーズンから高齢者の定期接種への導入が予定されていた高用量インフルエンザHAワクチンについて、製造販売元が2026年7月に供給困難を理由とする発売延期を発表し、これを受けて厚生労働省は、当該ワクチンを2026年度の定期接種では使用しない旨を周知した。高用量製剤の導入を見込んで高齢者への説明を準備していた診療所は、その内容を修正する必要がある。とりわけ、前シーズンの終わりに「来季からより高い効果が期待できる製剤が使える見込みである」と患者に伝えていた場合、説明の食い違いは信頼の問題に直結する。院内掲示やホームページの記載を9月のうちに点検しておきたい。
予約枠の設計は診療単価の設計である
予防接種は、1件あたりの所要時間と収入がほぼ確定している診療行為である。この性質は、外来運営の観点からは大きな利点をもたらす。問診と接種に要する時間が読めるため、枠として設計しやすく、待ち時間の予測が立つ。問題は、この枠を通常診療と混在させた場合に生じる。内科において、慢性疾患の定期受診と予防接種を同一の待合列で処理すれば、接種希望者が集中する時間帯に、定期受診の患者が長時間待たされることになる。循環器内科で高血圧の管理を受けている患者にとって、毎月の受診が予防接種の混雑に巻き込まれる経験は、受診間隔の延長や他院への移行を検討する動機となり得る。1回の混雑で失われるのは、その日の満足度だけではない。
したがって、接種枠は時間帯として分離するのが基本である。診療開始前の時間帯や、昼休みの前後、あるいは特定の曜日の午後を接種専用とする方法が一般的である。専用枠を設けることの意味は、混雑の回避だけではない。接種に従事する職員を固定できるため、問診票の確認、接種部位の準備、接種後の経過観察といった一連の作業が定型化し、1件あたりの所要時間が短縮する。同じ人員で処理できる件数が増えれば、それはそのまま時間あたり収入の改善である。
小児科ではさらに設計の難度が上がる。6か月以上13歳未満の小児は2回接種が基本であり、2回目の予約を1回目の時点で確保できるかどうかが、シーズン全体の接種完了率を左右する。兄弟姉妹をまとめて接種する家庭も多く、1組あたりの所要時間は成人の数倍に及ぶ。予約システム上で兄弟の同時予約が取りにくい設計になっていれば、それだけで機会を失う。定期接種のスケジュールと重なる時期でもあるため、乳児健診や他の定期接種との調整も必要になる。これらはすべて、9月中に予約導線を点検すれば対応できる事柄である。
在庫と価格 ― 廃棄損を誰が負うのか
予防接種を経営として見たとき、最大のリスクは在庫である。ワクチンには有効期限があり、シーズンを越えて持ち越すことはできない。発注量が過小であれば機会を失い、過大であれば廃棄損が生じる。しかも発注の判断は、流行の規模が判明する前に行わなければならない。
ここで有用なのは、過去3シーズンの実績を、月別ではなく週別に把握しておくことである。多くのクリニックでは、接種件数を月単位で集計している。しかし実際の接種は特定の週に集中しており、月単位の集計はこの集中を平準化して見せてしまう。週別に見れば、どの週にどれだけの在庫が必要かが明確になり、追加発注のタイミングも判断しやすくなる。
価格設定についても、9月のうちに方針を定めておく必要がある。任意接種の価格は各医療機関が定めるものであるが、近隣の相場から大きく乖離させることは現実的でない。他方、ワクチンの仕入価格、注射器等の材料費、接種に従事する職員の人件費、廃棄損の見込みを積み上げれば、価格に見合う原価が算出できる。この計算を一度も行わないまま、前年と同じ価格を据え置いている診療所は少なくない。人件費と物流費が上昇を続けている以上、据え置きは実質的な値下げである。自治体の助成制度がある場合には、助成額と自己負担額の関係も含めて、患者への説明が明確になるよう整理しておきたい。
説明の負荷を設計に織り込む
予防接種の現場で見落とされやすいのが、説明に要する時間である。同時接種の可否、他のワクチンとの接種間隔、副反応の説明、基礎疾患を有する患者への注意事項といった説明は、いずれも省略できない。そして、これらの説明を接種当日にすべて口頭で行おうとすれば、1件あたりの所要時間は容易に倍増する。
現実的な解決策は、説明の一部を接種前に済ませておくことである。予約時に説明資料を送付する、ホームページに詳細な説明を掲載して予約画面から誘導する、問診票を事前に記入して持参してもらう、といった方法が考えられる。耳鼻咽喉科において、花粉症の初期療法を目的として秋に受診する患者が一定数存在することを踏まえれば、その受診機会に接種の案内を行い、説明を先行させておくことも可能である。診療科ごとに、患者と接触する機会は異なる。その機会をどう使うかが設計の要点になる。
繁忙を計画に変える
感染症シーズンを「忙しい時期」として受け身に迎えるか、「計画された増収期」として設計するかによって、同じ患者数から得られる収入も、職員の疲弊の度合いも大きく異なる。予防接種は、外来診療の中で数少ない、需要の時期と1件あたりの所要時間が事前に予測できる領域である。予測できるということは、設計できるということである。
10月1日という定期接種の開始時期から逆算すれば、残された時間は限られている。予約導線の点検、接種枠の時間帯設定、発注量の決定、価格の見直し、説明資料の更新。いずれも9月中に着手すれば間に合う。そして、これらを毎年その場の判断で処理するのではなく、前年の実績と対比しながら改善していく仕組みとして持つことが、クリニックの収益構造を安定させる。冬の収支は、冬に決まるのではない。