Clinic Diary
クリニック奮闘記
Clinic Diary
クリニック奮闘記
賞与の季節に問われること
9月は、多くのクリニックにとって冬季賞与の原資を見積もり始める時期である。10月に最低賃金の改定が発効し、年末には賞与の支給が控える。支給額をどう決めるかという問いは、毎年この時期に院長のもとへ戻ってくる。
支給額の決め方を尋ねると、院長の答えは概ね2つに分かれる。全員に同じ月数の基本給を支給する方式と、院長の印象で差をつける方式である。前者は公平に見えるが、業務の習得度や貢献の差を無視するため、努力している職員ほど不満を抱く。後者は差をつける根拠が示されないため、低く評価された職員は理由を知らないまま不信を募らせる。いずれの方式でも、職員は自分がどう見られているかを知る機会を持たない。
人は、評価が低いことよりも、評価されていないことに耐えられない。辞める理由を尋ねられて「評価に不満があった」と答える職員は少ないが、退職の背景を辿ると、自分の仕事が見られていないという感覚に行き着くことが多い。本稿では、職員数4名から10名程度の小規模クリニックにおいて、人事評価制度を持つ意味と、その設計を賞与とどう結びつけるかを、人的資源管理の視点から整理する。なお、教育の段階設計についてはVol.1217で、医療事務のキャリアパスについてはVol.1230で扱ったため、本稿は評価と処遇の接続に焦点を絞る。
評価制度の目的は賃金の決定ではない
人事評価制度と聞くと、賞与や昇給の額を決めるための仕組みと理解されがちである。しかし小規模組織において評価制度が果たす最も重要な役割は、院長が職員をどう見ているかを言葉にして伝えることにある。賃金への反映はその結果であって目的ではない。
評価の項目が定まっていれば、職員は何を期待されているかを知ることができる。評価の結果が伝えられれば、自分がその期待に対してどの位置にいるかを知ることができる。次の期間に何を伸ばせばよいかが分かれば、仕事に方向が生まれる。これらは、賃金の額とは独立に職員の定着と成長に作用する。
逆に、評価の仕組みを持たない職場では、院長は職員を「見ている」つもりでも、職員の側は「見られていない」と感じる。診療中の院長は患者に向き合っており、職員の仕事ぶりを観察する時間は限られる。目に入るのは失敗や遅れであり、日常的に確実に処理されている業務は視界に入らない。結果として院長の印象は否定的な出来事に偏り、職員はその偏りを敏感に察知する。評価制度は、院長の観察の偏りを補正する装置でもある。
評価項目は3つの層で設計する
小規模クリニックの評価項目は、複雑にすべきではない。院長1人が評価者となる以上、項目が多すぎれば運用は続かない。実務的には3つの層に整理すると扱いやすい。
第1の層は、業務の習得度である。受付、会計、レセプト、診療補助、検査、清潔管理といった業務ごとに、1人で処理できる、教えながら処理できる、他者に教えられる、という段階を定める。これは教育の段階設計と同じ枠組みであり、評価と教育を同じ物差しで行うことで、評価が育成の道具になる。
第2の層は、患者と同僚への対応である。患者からの苦情や感謝の内容、同僚との業務の受け渡しの確実さ、繁忙時の応援の姿勢といった、業務の習得度では測れない行動を対象とする。ここは院長の観察だけでなく、同僚からの評価や患者の声を材料とする方が偏りは少ない。
第3の層は、組織への貢献である。業務手順の改善提案、新人の指導、院内の課題への対処といった、役割を超えた行動を評価する。小規模組織では、この層で評価される職員が実質的な中核となる。
評価は5段階などの点数にする必要はない。期待水準に達している、上回っている、下回っている、の3区分で十分である。細かな点数は精密さの錯覚を生み、点数の根拠をめぐる不満を招く。
記録がなければ評価は印象になる
評価の材料は、評価の時期にまとめて思い出すものではない。半年前の出来事を正確に思い出せる院長はいない。思い出せるのは直近の数週間の印象と、強く記憶に残った失敗である。この偏りを避けるには、日常的に記録を残すしかない。診療の合間に、職員の行動で気づいたことを日付とともに数行書き留める。肯定的なものも否定的なものも、事実として記す。半年後にこの記録を読み返せば、評価は印象ではなく事実の積み重ねに基づくものになる。面談で具体的な出来事を挙げられるかどうかは、この記録の有無で決まる。
院長1人が評価することの限界
院長が唯一の評価者である以上、院長の観察の偏りは制度に持ち込まれる。これを補正する方法は2つある。
1つは自己評価である。評価の前に、職員自身に同じ項目で自己評価を記入させる。院長の評価と自己評価の差が大きい項目は、認識のずれが存在する箇所であり、面談で最初に扱うべき点となる。院長が低く見ていた項目を職員が高く自己評価している場合、院長が見落としている事実があるか、職員が自分の課題を認識していないかのいずれかであり、面談で確認しなければ分からない。
もう1つは面談の実施である。評価の結果を紙で渡すだけでは、評価は処遇の通知に留まる。30分の面談で、評価の根拠となった具体的な出来事を伝え、次の期間に期待することを1つか2つに絞って共有する。面談を年に2回、賞与の前に行えば、評価と処遇と育成が1つの流れとして結びつく。
面談は院長にとって負担である。職員8名であれば、年に16回、合計8時間を診療外に確保しなければならない。しかし、退職者1名の補充に要する求人費用と教育の時間、その間の残された職員への負荷を考えれば、8時間は安価である。
小児科 ― 繁忙と評価を混同しない
小児科のあるクリニックでは、感染症の流行期に受付と看護の職員に長時間の残業が生じる。院長はかつて、この時期に最も長く残っていた職員を高く評価していた。しかし、残業時間の長さは繁忙の証であって、業務の質や効率の証ではない。同じ時期に効率よく処理して定時に近く退勤していた職員が、相対的に低く評価される矛盾が生じていた。
評価制度を導入した際、院長は評価の対象を「行動と結果」に限定し、労働時間の長さを評価の項目から外した。あわせて、繁忙期の応援体制を組織への貢献の層で評価することとし、応援に入った職員が自分の業務を滞らせなかったかも合わせて見るようにした。評価の基準を明示したことで、残業の長さを誇る風土は薄れ、繁忙期の業務分担が改善した。
整形外科 ― 職種の違いと評価軸
整形外科のあるクリニックでは、理学療法士のリハビリテーション部門と、受付・看護の外来部門とが並存している。理学療法士の業務量は算定単位数として数値化されるため、院長は単位数を評価の中心に置いていた。しかし単位数のみで評価すれば、時間のかかる患者を避ける誘因が生じ、患者の満足と治療の継続に影響する。
院長は理学療法士の評価に、単位数に加えて、患者の通院継続率、担当患者からの声、新人療法士への指導という項目を設けた。外来部門とは異なる評価項目を用いるが、評価の3つの層という枠組みは共通させた。職種ごとに項目は違っても、評価の考え方が同じであることが、部門間の公平感を保つ。
耳鼻咽喉科 ― 技能の評価と処遇の接続
日帰り手術を行う耳鼻咽喉科のあるクリニックでは、手術の介助ができる看護師とできない看護師の間に、業務の難度と責任の差がある。この差が処遇に反映されていなければ、介助を担う看護師は自分の技能が評価されていないと感じ、介助を担わない看護師には技能を習得する動機が生まれない。
院長は、手術介助の習得段階を評価項目として明示し、習得した段階に応じて手当を設定した。手当の額は大きくないが、技能が処遇に結びつくことが明示されたことで、介助の習得を希望する看護師が現れた。評価と処遇の接続は、額の大きさではなく、対応関係が見えているかどうかで機能する。
賞与への反映は「透明な計算式」で行う
評価の結果を賞与に反映する際、最も重要なのは計算の透明性である。基本となる支給月数を全員に示し、評価区分に応じた加減の幅をあらかじめ公表する。たとえば、期待水準に達していれば基準月数、上回っていれば基準に0.3か月を加え、下回っていれば0.3か月を減じる、といった形である。加減の幅は小さくてよい。差が大きすぎれば、職員間の比較が過熱し、協力の姿勢が損なわれる。
相対評価、すなわち職員を順位づけて上位の何名に高い評価を与える方式は、小規模組織では避けるべきである。全員が期待水準を上回っている年に誰かを低く評価しなければならない仕組みは、制度そのものへの不信を生む。評価は各人の期待水準に対する絶対評価とし、全員が高い評価を得た年には、その分の原資を院長が確保する覚悟を持つ。
評価する側の訓練
最後に、評価者としての院長自身の課題に触れておきたい。医師は診療の訓練を受けているが、人を評価し、その結果を伝える訓練は受けていない。面談で否定的な評価を伝えることに躊躇し、曖昧な言葉で済ませてしまえば、職員は何を改善すべきか分からない。逆に、否定的な事実だけを並べれば、職員は防御的になり、面談は対立の場になる。
否定的な評価を伝える際は、事実を具体的に示し、それが業務にどう影響したかを説明し、次の期間に何を変えてほしいかを1つに絞る。この3段階を守るだけで、面談の質は大きく変わる。院長自身が評価の技術を学ぶことは、診療の技術を磨くことと同じく、経営者の職務である。
評価制度は、職員を管理する道具ではなく、職員を見ていることを示す道具である。冬季賞与の原資を計算するこの時期に、その原資をどう配るかだけでなく、配る根拠をどう伝えるかを設計しておきたい。評価されていると感じる職員は、辞める理由を探さない。