Clinic Diary
クリニック奮闘記
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クリニック奮闘記
職員教育の費用というと、多くの院長は外部セミナーの受講料や教材費を思い浮かべる。令和7年度能力開発基本調査では、OFF-JTに支出した費用の労働者1人あたり平均額は2.0万円とされている。しかし、この数字は直接支出した費用にすぎない。教育の費用の大部分は、職員が業務を離れている時間の賃金と、その間に失われる業務処理能力という形で発生している。
仮に医療事務職員4名が年間24時間ずつ院外研修に参加するとし、時給換算を1,400円とすれば、賃金部分だけで約13.4万円となる。これに受講料、交通費、休診日や診療後に実施する場合の割増賃金が加わる。さらに、研修中の欠員を他の職員が補うことによる負荷の増加や、それが続いた場合の疲弊という、帳簿に表れない費用もある。クリニックが集合研修に消極的になるのは、経営判断として合理的な面がある。
これに対し、Vol.1252で述べたレセプト業務を教材とするOJTでは、教育のために追加で発生する時間は限定的である。レセプトの点検と請求は、教育をしようとしまいと毎月必ず行わなければならない業務である。教育のための追加時間は、指導者が新人の点検結果を確認して助言する時間と、月1回の返戻・査定の読み合わせの時間にほぼ限られる。
1回30分の読み合わせを月1回、職員4名で行う場合、年間の延べ時間は24時間であり、先の集合研修の延べ96時間と比べて4分の1である。しかも、この時間は返戻への対応という本来業務と重なっているため、純粋に教育のために使われる時間はさらに少ない。研修時間を別に設けないということは、教育を無償にするということではない。業務と教育の時間を重ね合わせることで、教育の追加費用を最小化するということである。
加えて、集合研修の内容は一般論であるため、職員が自院の業務に置き換えて理解するまでに時間がかかり、置き換えられないまま忘れられることも多い。レセプトOJTは最初から自院の症例を扱うため、学習した内容が翌月の業務で直ちに使われる。時間あたりの学習効果という点でも、両者の差は大きい。
教育投資の効果は、レセプトに関する指標として比較的明確に表れる。第1に算定漏れの減少である。算定要件を理解した職員は、医学管理料や加算の取り漏れに気づくことができる。第2に返戻の減少である。返戻されたレセプトは再提出まで入金が遅れ、少なくとも1か月、場合によってはそれ以上、資金の回収が後ろにずれる。第3に査定の減少である。査定は請求した点数そのものが減額されるため、収益に直接影響する。第4に点検時間の短縮である。月初に集中する点検作業が早く終われば時間外労働が減り、その分の賃金も抑えられる。
耳鼻咽喉科で日帰り手術を行っているクリニックの例では、手術症例のレセプトを扱える職員が1名しかいない状態から、段階的なOJTによって3名に広げた。その過程で、特定保険医療材料の請求漏れと術前検査の病名不備が継続的に発見され、手術関連の返戻件数は半年で大きく減少した。手術症例は1件あたりの点数が大きく、1件の返戻が当月の資金繰りに与える影響も小さくない。職員の技能向上が、そのまま入金の確実性として回収された例である。
呼吸器内科の例では、在宅酸素療法指導管理料と各種の加算、在宅療養に関わる算定を、担当職員が段階的に習得した。在宅療養の指導管理は算定の組み合わせが複雑であり、月ごとの確認が欠かせない。院長がカルテ記載と算定の対応を職員に説明する時間を月初に設けたところ、点検に要する時間が短縮され、院長自身の最終確認の負担も軽くなった。院長の時間は、クリニックにおいて最も単価の高い資源である。その時間が節約されることも、教育投資の回収に含めて考えるべきである。
算定漏れの影響は、1件あたりでは小さく見えるために過小評価されやすい。たとえば、要件を満たしていながら算定されていない医学管理料や加算が、1日に2件、1件あたり100点相当あったとする。月22日の診療で年間に換算すると52,800点、金額にして約53万円相当の請求機会となる。実際の漏れ方は診療科や患者構成によって異なるが、この程度の規模の取りこぼしが、職員の理解不足のために毎月生じている例は珍しくない。これを回収できれば、先に試算した集合研修の賃金部分の数倍に相当する効果となる。
もちろん、算定は要件を満たす医療が行われ、それがカルテに記載されていることが前提であり、請求額を増やすこと自体が目的ではない。職員が要件を理解することの意義は、院長が行った医療を過不足なくレセプトに表現できるようになることにある。過剰な請求は査定や指導の対象となり、かえって経営上のリスクを高める。教育は、請求の不足と過剰の双方を減らす手段として位置づけるべきである。
一般的なクリニックの損益計算書では、教育に関わる費用は人件費や研修費に埋もれ、効果は医業収益の増減に紛れてしまう。教育投資を経営判断の対象にするには、月次の管理資料において、教育に費やした時間と、レセプト関連指標の推移を並べて示すことが有効である。点検と指導に要した延べ時間を人件費に換算した額と、返戻・査定の減少額、算定漏れの回収額、時間外労働の減少額を比べれば、教育投資の収支が1枚の表で把握できる。数値が改善していれば教育の設計は機能しており、改善していなければ段階設計や指導方法を見直す根拠となる。
教育投資の回収を考えるうえで見落としてはならないのが、離職の費用である。職員が1名退職すると、採用広告費、人材紹介会社を利用した場合の手数料、面接や手続きに要する院長の時間、新任者が一人前になるまでの生産性の低下が発生する。人材紹介の手数料は、想定年収の2割から3割程度とされることが多い。医療事務の有効求人倍率が2倍前後で推移するなかで、欠員期間が長引けば残った職員の負担が増し、さらなる離職を招く。
育成の仕組みが整っていることは、職員の定着に寄与する。自分がどの段階にいて、次に何ができるようになれば評価されるのかが明確な職場では、職員は成長を実感しやすい。レセプトOJTの段階設計は、Vol.1243で扱った人事評価の項目とも直接接続できるため、教育、評価、処遇を一貫した仕組みとして運用することができる。
教育投資の負担を軽減する手段として、人材開発支援助成金がある。人材育成支援コースは、職務に関連した知識・技能を習得させる訓練を計画に沿って実施した事業主に対し、訓練経費と訓練期間中の賃金の一部を助成する制度であり、OFF-JTとOJTを組み合わせた育成計画も対象となる。2026年度は4月、5月、8月の3回にわたって改正が行われ、中小企業に対するOFF-JTの賃金助成は1時間あたり800円とされている。
ただし、助成の対象となるには事前の計画届の提出や訓練記録の整備など細かな要件を満たす必要があり、要件の審査は支給申請時にまとめて行われる。助成金の受給を目的として教育計画を立てるのは本末転倒であるが、レセプトOJTの段階設計を文書化しておくことは、助成制度を利用する場合の計画の基礎にもなる。制度は改正が多いため、利用を検討する場合は管轄の労働局に最新の要件を確認することが必要である。助成の有無にかかわらず、教育の計画と記録を文書で残しておくことは、職員に対して育成の道筋を示す資料となり、院長自身が教育の進み具合を振り返る材料にもなる。計画的なOJTとは、特別な研修制度を指すのではなく、何をいつまでに誰が教えるかが書かれていることを指すのである。
指標を見る際には、改善の時期に遅れがあることも理解しておく必要がある。教育を始めた直後は、指導の時間が加わるために点検時間がむしろ増えることが多い。効果が数値に表れるのは、多くの場合3か月から6か月後である。最初の数か月の数値だけを見て教育を打ち切れば、投資を回収する前に手放すことになる。
教育の効果を継続的に把握するには、レセプト関連の指標を月次で記録しておくことが有効である。返戻件数と返戻点数、査定件数と査定点数、算定漏れの発見件数、点検に要した延べ時間、月初の時間外労働時間、そして点検を独力で完結できる職員数である。これらを6か月、12か月の単位で追えば、教育投資がどの程度回収されているかを、印象ではなく数値で判断することができる。
レセプト業務の一部を外部に委託しているクリニックであっても、この考え方は変わらない。外部の点検者から戻ってくる指摘を院内の職員が確認し、その理由を学ぶ仕組みがあれば、外部の知見は院内の人的資本として蓄積される。委託か内製かのどちらかを選ぶという問題として捉えるのではなく、委託の成果を院内の学習に還流させる設計が、教育投資の効率を高める。