Clinic Diary
クリニック奮闘記
Clinic Diary
クリニック奮闘記
小規模なクリニックで職員研修を実施しようとすると、ほぼ例外なく時間の壁に突き当たる。診療時間中に職員を現場から離せば、受付や会計が滞る。診療後や休診日に行えば時間外労働となり、割増賃金の支払いが必要になる。短時間勤務の職員は家庭の事情で参加できないことが多い。外部のセミナーに派遣しても、学んだ内容が翌月の業務とどう結びつくのかが曖昧なまま、受講したこと自体で完結してしまう。
厚生労働省の能力開発基本調査では、人材育成の問題点として、指導する人材の不足と育成に割く時間の不足が例年上位に挙げられている。クリニックは、この2つの制約を最も強く受ける事業所の1つである。したがって、研修の時間を「確保する」努力よりも、研修の時間を「別に設けなくて済む」教育の仕組みを設計するほうが現実的である。その仕組みの核になり得るのが、毎月の業務として必ず発生するレセプトである。
第1に、反復性である。レセプトは毎月、全患者分が必ず作成される。月初の点検・請求という業務の周期がそのまま学習の周期となり、1年で12回の反復が保証される。季節によって患者層や疾患構成が変わるため、1年を通じれば自院で扱う算定のほとんどに触れることになる。
第2に、外部からの採点があることである。提出したレセプトは審査支払機関によって審査され、返戻や査定という形で結果が戻ってくる。教育において最も難しいのは学習者への適切なフィードバックであるが、レセプトには制度として採点の仕組みが組み込まれている。
第3に、固有性である。市販の教材や外部研修が扱うのは一般的な算定事例であるが、自院のレセプトは自院の診療そのものである。職員は、自院で実際に必要とされる知識から順に学ぶことになり、学んだ内容が使われないまま忘れられることがない。
第4に、段階化が容易であることである。レセプトは保険情報、基本診療料、医学管理、検査・処置・投薬、手術といった構造を持っており、難易度の低い部分から高い部分へと習得の順序を組み立てやすい。
この4つの性質を同時に備えた教材は、外部の研修にはほとんど見当たらない。反復があっても採点がなく、採点があっても自院の業務とは離れている、というのが一般的な研修の姿である。レセプトは、クリニックの内部にすでに存在していながら、教材として使われてこなかった資源である。新たな費用をかけずに手に入る最良の教材を、請求のための作業としてのみ扱うのは、経営資源の使い方として惜しいと言わざるを得ない。
レセプトをOJTの教材にするための具体的な方法は、点検の担当範囲を習得段階に合わせて割り当てることである。第1段階では、保険者番号、公費負担者番号、資格情報、患者の負担割合といった共通欄の点検を担当させる。これは受付業務と直結しており、入職直後の職員でも着手できる。第2段階では、初診料・再診料と各種加算、医学管理料の算定要件を点検範囲に加える。第3段階では、検査・処置・投薬と病名の整合性を確認させる。第4段階では、手術や在宅医療、特殊な算定を含むレセプトの点検と、返戻・査定の原因分析、再審査請求の判断までを担う。
この方法の要点は、担当範囲の拡大そのものが教育課程になっていることにある。職員は研修を受けてから業務に就くのではなく、業務の範囲が広がることを通じて学ぶ。点検は誰かが必ず行わなければならない業務であるから、教育のために追加で発生する時間は、指導者が点検結果を確認して助言する時間にほぼ限られる。研修を別に設けないにもかかわらず、何をどの順序で学ぶかは明確に定まっている。これが、いわゆる「見て覚える」教育との決定的な違いである。
段階的なOJTを機能させるには、各段階をいつ修了したとみなすかの基準をあらかじめ定めておく必要がある。基準が曖昧なままでは、指導者の印象によって昇段が決まり、職員の納得も得られない。実用的な方法は、新人が点検した結果を指導者が改めて確認し、指導者だけが見つけた誤りの件数を記録することである。この件数が2か月続けてゼロであれば、その段階は独力で完結できると判断し、次の段階に進む。この基準であれば、特別な試験を行う必要はなく、日常の点検業務の記録がそのまま評価の根拠になる。
指導の方法にも留意が必要である。新人の点検に誤りを見つけたとき、指導者が自分で直してしまえば業務は早く終わるが、新人は何も学ばない。誤りの箇所を示したうえで、なぜ誤りなのかを新人自身に算定要件から調べさせ、その結論を確認するという手順をとれば、同じ誤りは繰り返されにくくなる。1件あたりの指導には数分を要するが、それは教育のための時間として最も効率の良い数分である。
クリニックの事務部門には、週に数日、あるいは午前のみ勤務する職員が多い。前述の能力開発基本調査で、正社員以外に計画的なOJTを実施した事業所が25.1%にとどまっていることは、短時間勤務者の教育がいかに手薄になりやすいかを示している。レセプトOJTは、点検の範囲を細かく分割できるため、短時間勤務者にも組み込みやすい。勤務日に処理できる件数と範囲を割り当て、その範囲については独力で完結できる状態を目指せば、勤務時間が短いことが教育の障害になりにくい。短時間勤務者が特定の段階の点検を担えるようになれば、常勤職員はより難度の高い段階に時間を使うことができる。
フィードバックの仕組みとして有効なのは、月1回、返戻と査定の結果を事務職員全員で確認する時間を、月次の業務手順に組み込むことである。これは研修ではなく、返戻への対応という本来業務の一部として位置づける。15分から30分程度、どのレセプトがなぜ返戻・査定されたのか、次月以降どう防ぐかを確認するだけで、職員は審査の考え方を具体的な事例として蓄積していく。
参照資料としては、社会保険診療報酬支払基金が公表している「支払基金における審査の一般的な取扱い(医科)」や審査情報提供事例がある。前者は834事例が一括で入手でき、後者は2026年9月にも医科の事例が追加されている。これらを自院の査定事例と照らし合わせることで、職員は個別の指摘を一般的な審査の考え方に結びつけることができる。
消化器内科のあるクリニックでは、上部消化管内視鏡と生検、病理判断料、ヘリコバクター・ピロリの感染診断と除菌判定の算定を、第3段階の中心教材に位置づけた。除菌に関連する検査は実施の順序や病名に要件があり、誤りが返戻に直結しやすい。この領域を担当する職員が、請求前に院長へ病名の確認を求めるようになったことで、同領域の返戻は目に見えて減少した。
整形外科では、運動器リハビリテーション料の標準的算定日数と起算日の管理を、担当職員の段階別課題とした。疾患ごとに起算日が異なり、算定日数の上限を超えた場合の取扱いも変わるため、単なる入力作業では対応できない。リハビリテーションの担当職員と事務職員が同じ患者のレセプトを見ながら確認する場を設けたことで、職種間の共通理解も生まれた。
小児科では、乳幼児加算や時間外の加算、小児科外来診療料の包括範囲、自治体ごとに異なる医療証の取扱いを、第1段階と第2段階の教材とした。小児科は患者の保険と公費の組み合わせが多様で、共通欄の点検だけでも学ぶべき事項が多い。入職後3か月で共通欄の点検を独力で完結できることを最初の到達目標としたところ、新人職員が自分の成長を実感しやすくなり、早期の離職が減ったという。
レセプトOJTにおいて見落とされやすいのが、院長の役割である。病名の記載、症状詳記、コメントの入力は医師の判断に属する。職員が点検の過程で「この検査に対応する病名がない」と気づいたとき、それを院長に確認できる関係があるかどうかで、教育の成果は大きく変わる。職員の問いに院長が答えることは、職員にとっては算定の根拠を学ぶ機会であり、院長にとっては自身のカルテ記載を見直す機会となる。
実務的には、月1回の返戻・査定の読み合わせの最後の5分から10分だけ院長が同席する形が取り入れやすい。病名の記載漏れや症状詳記の不足に起因する事例を職員から院長に報告し、院長が次月以降の記載方法を示す。これだけで、医師の記載と事務の算定が同じ方向を向くようになる。院長が教育の場に顔を出すことは、職員にとって、この業務が院長から重視されていることを示す合図にもなる。教育の仕組みは、院長が関与している限りにおいて職場に根づく。
本稿で述べた設計は、Vol.1247で扱った業務の属人化解消とも補完関係にある。点検範囲を段階的に広げることは、特定の職員しか点検できない状態を解消することでもあるからである。次稿Vol.1253では、この方法が集合研修と比べて時間的・費用的にどれほど効率的であるかを検討する。