Vol.1262 クリニックの値段は何で決まるか ― 承継・M&Aにおける評価の考え方と、評価を下げる要因の点検

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Vol.1262 クリニックの値段は何で決まるか ― 承継・M&Aにおける評価の考え方と、評価を下げる要因の点検

「いくらで譲れるか」から考え始めてはならない

本シリーズVol.1250では、無床診療所の後継者不在率が約9割に達していることを紹介した。後継者のいない院長が第三者への承継を考え始めたとき、最初に浮かぶ問いは「自院はいくらで譲れるのか」であることが多い。しかし、クリニックの価格は院長の希望や開業時の投資額によって決まるものではない。承継後にその診療所がどれだけの利益を生み続けるかという見込みによって決まる。本稿では、承継やM&Aにおける評価の基本的な考え方と、評価を下げる要因について検討する。

評価の基本構造

診療所の評価は、実務上、時価純資産に営業権を加える方法で行われることが多い。時価純資産とは、医療機器、内装設備、医薬品在庫、診療報酬の未収金などの資産を時価で評価し、借入金などの負債を差し引いたものである。医療機器や内装は帳簿上の価額と実際の価値が大きく乖離していることが多く、減価償却が終わっていても使用できる機器もあれば、帳簿上の価額が残っていても更新が迫っている機器もある。

営業権とは、承継後も患者が通い続け、職員が働き続けることによって生まれる超過的な収益力の価値である。一般に、営業権は「正常化した利益」の数年分として算定されることが多いが、その年数は診療科や地域、承継の条件によって大きく異なる。ここで重要なのは、評価の基礎となるのが決算書上の利益そのものではなく、「正常化」した利益であるという点である。

利益の「正常化」とは何か

個人の診療所では、決算書上の利益に院長自身の報酬が含まれている。第25回医療経済実態調査では、個人立の一般診療所の損益差額は平均2,631万円であったが、承継者がこの金額をそのまま手にできるわけではない。承継者もまた医師として働く以上、勤務医として得られる報酬に相当する額を差し引いた残りが、事業としての利益である。仮に損益差額が3,000万円の診療所で、承継者の報酬相当額を2,000万円とすれば、評価の基礎となる利益は1,000万円となる。

正常化の作業では、このほかにも、家族への専従者給与や役員報酬のうち勤務実態に見合わない部分、院長個人の性格をもつ経費、補助金などの一時的な収入を調整する。決算書の利益が同じでも、正常化の結果は診療所によって大きく異なる。譲り手の院長が「利益は充分に出ている」と考えていても、買い手の目から見た利益が小さければ、評価額は期待を下回ることになる。

評価を下げる要因

買い手が実施する調査、いわゆるデューデリジェンスでは、利益の見込みを損なう要因が点検される。第1は、院長への依存度である。Vol.1250で述べたとおり、患者が院長個人に付いている診療所では、院長が交代した時点で患者が離れる可能性が高く、その分だけ将来の利益は割り引かれる。第2は、患者の構成である。患者の年齢分布、慢性疾患患者の継続率、地域の人口動態は、承継後の患者数を予測する材料となる。第3は、設備の更新時期である。主要な医療機器や電子カルテの更新が数年以内に迫っていれば、その費用は評価額から差し引かれる。

第4は、不動産の契約である。テナントで開業している場合、賃貸借契約の残存期間、承継時に貸主の承諾が必要かどうか、退去時の原状回復の範囲は、承継の可否そのものを左右する。第5は、帳簿に現れない債務である。未払いの残業代、未消化の年次有給休暇、退職金規程に基づく将来の支払い義務は、決算書には表れないが承継後に顕在化しうる。賃金請求権の消滅時効は当分の間3年とされており、過去の労務管理の不備は承継後に請求される可能性がある。さらに、過去の診療報酬請求の適正性も確認の対象となる。とりわけ医療法人の承継では、法人に帰属する過去の請求に関する責任も法人に残るため、個別指導で返還を求められるリスクは買い手にとって重要な関心事である。

評価の一次資料は日々の診療記録にある

買い手が将来の利益を見込む際に重視するのは、決算書よりも細かい単位の数字である。月別の外来患者数、新患数と再診患者数の比率、患者1人あたりの単価、診療行為別の算定件数、公費や自費の構成といった情報は、レセプトや電子カルテの記録から読み取ることができる。決算書が示すのは結果であり、これらの数字はその結果を生み出している診療の構造を示す。

譲り手の院長がこれらの数字を自ら把握していない場合、買い手の調査によって初めて自院の実態を知ることになり、交渉の主導権を失いやすい。反対に、月次でこれらの数字を確認してきた診療所であれば、評価の根拠を自ら説明できる。たとえば新患数が安定して推移し、慢性疾患の再診患者が継続的に通院していることを数字で示せれば、営業権の評価は説得力を増す。評価を受ける前に、自院の数字を院長自身が先に計算しておくことが重要である。

譲り手の院長が知っておくべき税の概略

譲り手にとっての手取り額は、承継の形態によって異なる。個人の診療所を譲渡する場合、医療機器などの資産と営業権の譲渡による所得に課税される。持分のない医療法人を承継する場合は、出資持分の売買という形をとれないため、旧理事長への役員退職金の支払いなどを組み合わせて対価を構成することが多い。退職金は退職所得として課税上の優遇を受けるが、その金額が過大であれば法人側で損金と認められない可能性もある。承継の形態と対価の受け取り方は、税理士とともに早い段階で設計しておくべきである。

診療科別にみる評価の実際

消化器内科のあるクリニックでは、承継の交渉の過程で、内視鏡システムの更新時期が2年後に迫っていることが問題となった。買い手は更新費用約1,500万円を評価額から差し引くことを求め、交渉は難航した。院長は、更新を自ら済ませたうえで承継するか、更新費用を織り込んだ価格で合意するかの選択を迫られた。設備の更新計画は、承継の数年前から評価の観点を含めて立てておく必要がある。

小児科のあるクリニックでは、直近の患者数は安定していたものの、買い手は地域の出生数の推移と、予防接種・乳幼児健診の比率を重視した。少子化が進む地域では、現在の患者数よりも10年後の患者数の見込みが評価を左右する。院長は、近隣の保育施設や学校健診との関係など、地域での役割を具体的に示すことで評価の根拠を補った。

整形外科のあるクリニックでは、テナントの賃貸借契約の残存期間が2年しかなく、承継には貸主の承諾が必要な契約となっていた。リハビリテーション室の原状回復義務も重く、買い手は契約の更新と条件の見直しが確約されない限り承継に応じないと回答した。不動産の契約は、承継の数年前から見直しておくべき項目である。

評価は3年前から作られる

買い手は通常、直近3年程度の決算書と月次の推移を確認する。したがって、承継の時期を決めてから決算書を整えても間に合わない。承継の3年前には、院長個人の経費と診療所の経費を明確に分け、設備の更新計画と労務管理を見直し、評価の根拠となる数字を「見せられる形」にしておく必要がある。

承継開業を検討している開業準備中の医師にとっても、評価の構造を理解しておくことは重要である。承継開業は、患者と職員と設備を引き継げる一方で、その価値を自分自身で確かめる責任を伴う。提示された価格の根拠となる利益が、正常化されたものかどうかを確認することが出発点となる。

承継までに院長が準備しておく試算

承継を意識し始めた院長には、自院の簡易な評価を自ら試算してみることを勧めたい。まず直近3年の損益から、院長報酬を勤務医相当額に置き換え、私的な経費と一時的な収入を除いて正常化した利益を求める。次に、主要な医療機器と内装の残存価値、借入金の残高、未払いとなりうる労務債務を洗い出す。そのうえで、院長が不在となった場合に患者がどの程度残るかを、院長依存度の観点から冷静に見積もる。

この試算は正確な評価額を出すためのものではない。評価を下げている要因がどこにあるのかを、承継の数年前に把握するためのものである。要因がわかれば、設備更新の時期を前倒しするか、労務管理を是正するか、代診体制を整えて院長依存度を下げるかといった対策を、時間をかけて講じることができる。

買い手にとっての承継開業の費用

承継開業を選ぶ医師にとって、譲渡対価は新規開業の初期投資と比較される。新規開業では内装工事、医療機器、開業前の人件費と広告費に加え、患者数が損益分岐点に達するまでの赤字を運転資金で賄う必要がある。承継開業ではこの立ち上がりの期間を短縮できる可能性があり、その分が営業権の対価として支払われると考えることができる。したがって、営業権の妥当性は、承継しなかった場合に自力で同じ患者数に達するまでの期間と費用との比較によって判断される。

結びに

クリニックの値段は、院長が積み上げてきた診療の価値を、将来の利益という1つの尺度で測り直したものである。評価を高めるために特別なことをする必要はない。院長に依存しない診療体制、適正な労務管理、計画的な設備更新、そして説明できる数字は、承継を考えるか否かにかかわらず、健全な経営そのものである。次回は、承継の当日に診療を止めないための手続きを取り上げる。

 

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