Clinic Diary
クリニック奮闘記
Clinic Diary
クリニック奮闘記
承継の価値の大部分は、承継後も患者が通い続けることにある。Vol.1262で述べたとおり、営業権の評価は承継後の患者の継続を前提としている。しかし、院長の交代は患者にとって大きな出来事であり、何も知らされないまま新しい医師が診察室に座っていれば、患者は不安を覚え、別の医療機関を探し始める。患者が離れる理由は、院長が変わることそのものよりも、知らされなかったこと、新しい院長がどのような医師かわからないこと、そして自分の治療が続くのかがわからないことにある。本特集の最終回となる本稿では、承継期の患者への告知と診療の継続を検討する。
承継にあたって、旧院長のもとで作成された診療録を新しい開設者に引き継ぐことは、患者の診療の継続に不可欠である。個人情報保護法では、事業の承継に伴って個人データが提供される場合は第三者提供に当たらないとされており、承継前の利用目的の範囲内であれば、患者ごとの同意を改めて得る必要はない。また、遡及指定の類型2では、診療録の引継ぎと、旧医療機関を受診した患者からの問い合わせへの対応が要件とされている。
ただし、法令上の手続きが整っていることと、患者が納得していることは別の問題である。自分の病歴が新しい医師に引き継がれることを、患者は事前に知っておきたいと考える。診療録の引継ぎを院内掲示などで周知することは、法的義務以上に信頼の問題として捉えるべきである。
患者への告知は、1度の掲示で済ませるのではなく、段階的に行うことが望ましい。最も効果的なのは、新しい院長が承継の数か月前から勤務医として診療に加わり、旧院長と並んで診療する期間を設けることである。この期間に患者は新しい院長の診察を実際に受け、人柄と診療方針を知ることができる。前回までに述べたとおり、この並走期間は手続きの面でも職員の引継ぎの面でも意味をもつ。
次の段階として、承継の時期が確定した時点で、院内掲示、ホームページ、予約システムの案内などで承継を告知する。告知の文面では、何が変わり、何が変わらないのかを明確にする。診療時間、職員、処方している薬、予約の方法、検査の予定が引き続き維持されることを具体的に示せば、患者の不安の多くは解消される。名称が変わる場合、とりわけ法人化によって医療法人の名称が加わる場合には、その旨もあわせて伝える。
そのうえで、慢性疾患で定期的に通院している患者や、継続的な管理が必要な患者には、診察室で直接説明することが重要である。掲示を読まない患者も少なくなく、とりわけ高齢の患者にとっては、主治医から直接聞くことが最も確かな告知となる。
承継の告知をホームページに掲載する場合、その内容は医療広告の規制の対象となる。旧院長の経歴や実績を新院長のものであるかのように記載したり、「同じ医療が必ず受けられる」といった保証的な表現を用いたりすることは避けなければならない。新院長の経歴は事実に即して記載し、変わらないものと変わるものを淡々と示すことが、結果として最も信頼を得る文面となる。
旧院長からの挨拶文を添えることも効果的である。長年通院してきた患者にとって、旧院長自身の言葉で、後任の医師を信頼して任せたことが伝えられれば、承継への不安は大きく和らぐ。旧院長が非常勤として診療を続ける場合には、その曜日と期間を明示しておくとよい。
患者への告知と並行して、紹介元や紹介先の病院、門前の薬局、訪問看護ステーション、介護事業所など、地域の連携先にも承継を通知する必要がある。病院の地域連携室にとって、院長の交代は紹介先としての信頼を見直す契機となる。Vol.1242で述べたように、紹介は診療所にとって重要な患者の経路であり、新しい院長が連携室に挨拶に出向くことは、承継後の紹介の流れを保つうえで欠かせない。
承継の告知の後、会計窓口や電話には患者からの問い合わせが集中する。同じ薬を処方してもらえるのか、旧院長が書いた診断書や紹介状の控えはどこにあるのか、旧院長に直接相談することはできるのか、といった問いである。これらの問いに職員が即答できなければ、患者の不安はかえって増幅される。想定される問いと回答を承継前に整理し、職員全員で共有しておくことが望ましい。
承継を機に他の医療機関への転院を希望する患者もいる。その場合も診療情報提供書を速やかに作成し、丁寧に送り出すことが、地域における診療所の評価を守ることにつながる。転院を引き留めるよりも、送り出し方の誠実さが、次の患者の紹介として返ってくることは少なくない。
承継後は、再診患者数の推移を月単位で確認し、承継前と比べて定期通院の患者が減っていないかを把握する。予約の取り消しや来院の途絶えが目立つ患者がいれば、承継に対する不安が背景にある可能性を考え、次回の来院時に丁寧に説明する。承継直後の数か月は、新しい院長にとって、患者との関係を1から築き直す期間である。
消化器内科のあるクリニックでは、定期的に内視鏡検査を受けている患者や、ピロリ菌除菌後の経過観察を受けている患者が多かった。新しい院長は承継の半年前から週2日の内視鏡検査を担当し、旧院長と検査を分担した。承継の告知の際には、検査の予定と結果の説明が引き続き行われることを、検査予定の患者に個別に伝えた。
呼吸器内科のあるクリニックでは、在宅酸素療法を受けている患者について、酸素濃縮装置の供給業者への指示書の名義と連絡先の変更が必要となった。患者と家族は、機器の管理や緊急時の連絡先が変わるのではないかと強い不安を示したため、院長は承継前に業者を交えて説明の機会を設け、連絡体制が途切れないことを確認した。
小児科のあるクリニックでは、保護者への告知にWeb予約システムの案内とメッセージ配信を活用し、あわせて予防接種のスケジュールが変わらないことを強調した。乳幼児期の接種計画は保護者にとって最大の関心事であり、承継後も同じ計画で接種を続けられることを示したことで、承継後の接種予約の減少は見られなかった。
整形外科のあるクリニックでは、リハビリテーションのために週に複数回通院する高齢の患者が多く、院内掲示だけでは承継が伝わらなかった。そこで受付と理学療法士が、来院した患者1人ひとりに承継の時期と、担当の理学療法士や通院の曜日が変わらないことを口頭で伝えた。通院の頻度が高い患者にとっては、医師よりも日常的に接する職員の言葉のほうが安心につながることを示す例である。
日帰り手術を行う耳鼻咽喉科のあるクリニックでは、承継の前後に手術を受ける患者について、術後の経過観察を新旧どちらの院長が担当するかを事前に決め、手術の説明の段階で患者に伝えた。手術を受ける患者にとって、術後に誰が診るのかは手術の不安そのものに直結するからである。
承継開業を考えている医師にとって、患者への告知は旧院長に任せればよい作業ではない。告知の文面、並走期間の長さ、慢性疾患患者への説明の分担を、承継の契約の段階で旧院長と取り決めておくべきである。旧院長が承継に前向きであることを患者に示せるかどうかは、承継後の患者数を大きく左右し、それは結局、承継開業の採算そのものに跳ね返る。
本特集では、医療法人化と事業承継を5回にわたって検討した。法人化は税率の比較ではなく、社会保険、事務負担、資金の出口、承継の見通しを並べて判断すべき「器」の選択であること。クリニックの評価は正常化した利益によって決まり、院長依存度や設備、不動産、労務の状態がそれを左右すること。承継の手続きは、2026年6月に整理された遡及指定の要件や外来医師過多区域の届出を踏まえ、承継日から逆算して設計すべきこと。そして、承継の価値を最終的に守るのは、職員の雇用を継続し、患者に誠実に伝えるという、人に対する姿勢であることである。
法人化も承継も、多くの院長にとって一生に1度か2度しか経験しない出来事である。それだけに、判断の材料と手続きの工程を早い段階で手元に揃えておくことが、院長と職員と患者のいずれにとっても最も確かな備えとなる。