Clinic Diary
クリニック奮闘記
Clinic Diary
クリニック奮闘記
物価と人件費の上昇が続いている。保険診療の価格は診療報酬として国が定めるため、医療機関が自ら変えることはできない。一方、自費診療、任意の予防接種、健康診断、診断書などの文書料といった保険外の価格は、医療機関が自ら決めるものである。ワクチンや材料の仕入価格が上がり、職員の人件費が上がれば、保険外の価格も見直さざるを得ない。
しかし、多くのクリニックでは、保険外の価格が開業時から長年据え置かれている。価格を上げれば患者が離れるのではないか、患者に悪い印象を与えるのではないかという懸念から、改定に踏み切れないのである。その結果、保険外のサービスの一部が、提供するたびに赤字になっていることもある。本稿では、価格の設定の方法そのものではなく、価格を改定する際に、患者の信頼を損なわずにそれを伝える手順を検討する。自費の価格の設計についてはVol.1249で扱った。
価格の改定を患者に伝えるうえで最も大切なのは、改定の理由を説明できることである。ワクチンの仕入価格がいくら上がったのか、文書の作成にどれだけの医師と職員の時間がかかっているのか。院長自身が改定の理由を把握していなければ、患者に説明することはできない。
理由の説明は、詳細な原価の開示である必要はない。「ワクチンの仕入価格の上昇に伴い」「人件費などの上昇に伴い」といった簡潔な説明で足りる。重要なのは、改定が恣意的なものではなく、合理的な理由に基づくものであることが伝わることである。
価格の改定を患者に告知する前に、職員に改定の内容と理由を説明しておく必要がある。患者から改定について尋ねられるのは、多くの場合、受付や会計の職員である。職員が改定の理由を知らなければ、患者に説明できず、「院長が決めたことなので」と答えるしかない。そのような答えは、患者の不信を招くだけでなく、職員にとっても負担となる。
改定の内容、理由、実施日、予約済みの患者の扱いを、職員が答えられる形で文書にまとめておくとよい。予想される質問とその答えを用意しておけば、職員は自信を持って対応できる。
価格の改定を告知する時期は、改定の実施日の少なくとも1か月前、できれば2か月前が望ましい。予防接種や健康診断のように、予約を受けてから実施するまでに時間があるサービスでは、予約の時点の価格と実施の時点の価格が異なる事態を避ける必要がある。改定前に予約を受けたものについては、改定前の価格で実施するのか、実施日の価格とするのかを決めて、あらかじめ明示しておく。
告知の場所は、院内の掲示、ホームページ、予約システム、そして受付で配布する案内のすべてで一致させる。Vol.1266で述べたように、保険外負担の項目と費用は、院内掲示とともにホームページへの掲載が義務付けられている。院内の掲示だけを改めてホームページを更新し忘れれば、義務を果たしていないだけでなく、患者が見た価格と実際の価格が異なるという事態を招く。価格の改定は、すべての掲載場所を同じ日に更新する作業として計画すべきである。
内科のある診療所では、診断書や各種の証明書の文書料を開業以来10年以上据え置いていた。文書の作成には院長の時間が必要であり、職員による準備や確認の時間もかかる。院長は、文書の種類ごとに作成に要する時間を把握したうえで、文書料を改定した。告知では、改定の理由として、作成に要する時間と人件費の上昇を簡潔に示した。改定後、患者からの苦情はほとんどなかった。患者は、価格そのものよりも、理由の分からない変化を嫌うのである。
整形外科では、交通事故や労災に関わる文書、保険会社に提出する診断書など、作成に手間のかかる文書が多い。あるクリニックでは、文書の種類によって作成の手間が大きく異なるにもかかわらず、一律の価格を設定していた。改定にあたって、文書の種類ごとに価格を分け、作成に要する日数の目安もあわせて示した。患者にとっては、価格だけでなく、いつ受け取れるのかが分かることが安心につながった。
皮フ科・形成外科のあるクリニックでは、自費診療で使用する材料の仕入価格が上昇し、価格の改定を迫られた。院長は、改定の告知とあわせて、治療の内容、標準的な費用、通院の回数、リスクと副作用を示したページ全体を見直した。価格の改定を、情報提供の質を高める機会として利用したのである。
耳鼻咽喉科では、自費の検査や文書料のほかに、予約に基づく診察など、制度上の要件を満たして費用を受け取るものがある。こうした費用を改定する場合には、院内掲示などの制度上の要件を改めて確認したうえで告知する必要がある。
価格の改定に踏み切れない理由の1つは、改定が数年に1度の大きな決断になっていることにある。長年据え置いた価格を一度に大きく上げれば、患者の受け止めは厳しくなる。これを避けるには、保険外の価格の見直しを毎年決まった時期に行う業務として位置づけ、仕入価格や人件費の変化に応じて、必要があれば小幅に改定することが望ましい。
見直しの結果、価格を据え置くという判断もあり得る。地域の他の医療機関の価格の水準や、予防接種のように接種の機会を確保することが重要なサービスについては、採算だけでなく公衆衛生上の役割も考慮して価格を決める必要がある。重要なのは、据え置く場合も改定する場合も、毎年その判断を根拠に基づいて行うことである。
見直しの時期は、ワクチンの価格が示される時期や、職員の賃金を改定する時期に合わせると判断しやすい。仕入価格と人件費の変化が分かった時点で、保険外の各項目の採算を確認し、翌年度の価格を決める。この手順を毎年繰り返せば、価格の改定は特別な決断ではなく、経営の定例の判断となる。
価格の改定は、支払いの方法を見直す機会でもある。自費診療や予防接種の費用が高額になるほど、現金のみの支払いは患者の負担となる。Vol.1244ではキャッシュレス決済の手数料と入金の周期を扱ったが、保険外の高額な費用に限ってキャッシュレス決済に対応するといった選択肢もある。費用の事前の案内に、利用できる支払い方法を明記しておけば、患者は準備をしたうえで来院できる。
また、健康診断や予防接種の費用を、企業や自治体の補助と組み合わせて支払う患者もいる。補助の対象や手続きを案内しておくことは、価格の改定による患者の負担感を和らげることにもつながる。
価格の改定を実施した後は、患者の反応を確認する。受付で患者から寄せられた声を記録し、問い合わせや苦情の内容を把握する。Vol.1268で述べた患者体験の調査の時期と重なれば、費用の説明に関する設問の結果も参考になる。改定の理由が伝わっていないことが分かれば、告知の文面を改める。
小児科では、任意の予防接種の価格を改定する際に、保護者が接種の計画を立て直さなくて済むよう、改定の告知とあわせて今後の接種予定と費用の目安を示した案内を配布したクリニックもある。予防接種の価格を改定したことで、接種を見送る患者が増えていないかどうかも確認すべきである。予防接種は公衆衛生の観点から重要な医療であり、価格の改定が接種の機会を損なうことは望ましくない。接種の件数の推移を改定の前後で比較し、大きな変化があれば、その理由を検討する。
本特集では、価格と患者体験という観点から、クリニックが患者に選ばれる理由をどう設計するかを検討した。Vol.1266では医療広告等ガイドラインと掲示義務に基づく価格の示し方を、Vol.1267では保険と自費の境界の説明と同意を、Vol.1268では患者体験を測る方法を、Vol.1269では口コミとの向き合い方を、本稿では価格改定の伝え方を論じた。
5本に共通する主張は、患者に選ばれる理由は、広告や口コミを操作することによってではなく、価格と医療の内容を正確に伝え、患者の体験を一つひとつ改善することによってつくられるということである。価格を隠さず、境界を曖昧にせず、患者の声から学ぶクリニックは、規制を守りながら、患者の信頼という最も確かな資産を積み上げていく。