Clinic Diary
クリニック奮闘記
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クリニック奮闘記
2026年4月1日、改正医療法が施行され、外来医師過多区域における無床診療所の新規開設について、開設予定日の6か月前までに都道府県へ事前届出を行うことが義務づけられた。届出の内容は、当該区域における地域外来医療の提供に関する意向、すなわち自院が提供しようとする医療機能等である。制度としては開設そのものを禁止するものではないが、その後の運用を含めて見れば、開業計画の組み立て方を根本から変える改正である。
届出を受けた都道府県知事は、地域で不足している医療機能を担うよう要請することができる。想定されているのは、夜間・休日の初期救急医療、在宅医療、予防接種、健康診断、学校医、産業医活動といった領域である。あわせて、地域の外来医療に関する協議の場への参加を求めることもできる。正当な理由なくこれに応じない場合、都道府県医療審議会での説明を求めたうえで、やむを得ない理由がないと判断されれば勧告と公表の対象となる。さらに、要請を受けたにもかかわらず応じなかった診療所については、保険医療機関の指定期間が通常の6年ではなく3年、改善が見られない場合には2年へと短縮される扱いが導入された。
診療報酬による二重の締めつけ
制度の実効性を決定づけているのは、医療法上の措置にとどまらず、診療報酬がこれに連動した点である。令和8年度診療報酬改定では、地域包括診療料・地域包括診療加算および機能強化加算などの施設基準として、保険医療機関の指定が3年以内の期限付きとなった診療所以外であることが明示された。
これが何を意味するか、具体的に考えたい。機能強化加算は初診料に80点が上乗せされる評価である。1日の初診患者が8人、月間稼働22日であれば、月間で176回、金額にして約14万円、年間で約169万円となる。地域包括診療加算を慢性疾患等を有する患者について月28点で算定し、対象患者が月200人であれば、年間で約67万円である。これらが制度上まったく算定できないという状態は、単年度で200万円を優に超える機会損失を意味する。しかも損失は初年度に限らず、指定期間が短縮されている間は継続する。
つまり、要請に応じないという選択は、医療法上の勧告・公表という信用上のリスクと、診療報酬上の恒常的な減収という財務上のリスクを同時に引き受けることになる。制度設計として、事実上、応じないという選択肢を経済合理性の外側に置いたと評価できる。
開業スケジュールの逆転
従来の開業準備は、物件の選定、賃貸借契約、資金調達、内装設計と工事、医療機器の選定と搬入、そして保健所への開設届という順序で進むのが一般的であった。この流れにおいて行政手続は工程の終盤に位置し、実質的には事後の確認作業であった。
新制度はこの順序を逆転させる。開設予定日の6か月前という期限は、内装工事の着工より前、多くの場合は物件の賃貸借契約を締結する時期と重なるか、それより早い。2027年4月1日の開業を目指すのであれば、2026年10月1日までに届出を済ませていなければならない計算になる。ところが、届出には提供予定の医療機能を記載する必要があり、そのためには標榜科、診療時間、想定する患者層、在宅医療や予防接種への関与方針といった事業構想が、相当程度固まっている必要がある。
大阪市内の駅前テナントで内科と消化器内科を開業しようとする医師を想定してみたい。従来であれば、良好な視認性と乗降客数を根拠に集患を見込み、物件を押さえてから詳細を詰めるという進め方が可能であった。しかし当該区域が外来医師過多区域に指定されていれば、物件を押さえる前に、自院が地域で不足するどの機能を担うのかを行政に説明できる状態にしておかなければならない。テナント契約には期限があり、大家との交渉と行政協議のタイミングがずれれば、有力物件を逃すことにもなる。物件先行型の開業から、機能構想先行型の開業への転換が求められているのである。
「不足機能」との親和性が競争優位を生む
この制度は、見方を変えれば、診療科と診療スタイルによって開業のしやすさに明確な差が生じることを意味する。
小児科は、その意味で相対的に有利な位置にある。予防接種、乳幼児健診、学校医活動は、都道府県が不足機能として想定する領域とほぼ完全に重なる。神戸市内で小児科の開業を検討する医師であれば、届出の段階で予防接種の通年実施体制、学校医の受任意向、季節性感染症流行期の休日診療への協力といった内容を記載することは、実務上さほど困難ではない。むしろ届出を通じて地域の協議の場に早期に参画できることは、既存医療機関との関係構築という開業初期の最大の課題を前倒しで解決する機会にもなる。
耳鼻咽喉科で日帰り手術を実施する計画であれば、専門性そのものが地域の医療機能の空白を埋める要素となる。鼓膜チューブ留置術や内視鏡下鼻・副鼻腔手術を外来で完結させる体制は、周辺の病院にとっても紹介先として価値が高い。届出書に記載する「提供予定の医療機能」は、行政向けの形式的な書類であると同時に、地域連携における自己紹介文でもある。
一方で、生活習慣病の外来管理を中心とする内科や、美容領域を含まない一般皮膚科は、既存の医療機関と機能が重複しやすく、届出後に何らかの要請を受ける蓋然性が相対的に高い。整形外科も、リハビリテーションを中心とする診療モデルは競合が多い一方、在宅医療や産業医活動への関与を組み込むことで、要請への対応余地を確保できる。
規制と誘導は表裏一体である
今回の医療法改正は、外来医師過多区域における規制の強化のみで構成されているわけではない。同じ枠組みのなかで、医師が不足する地域を重点医師偏在対策支援区域として設定し、そこでの医療提供に対して支援を行う仕組みが用意されている。すなわち、都市部への集中を抑制する一方で、不足地域への誘導に経済的な動機づけを与えるという、押し引きの両輪で設計されている。
この構造は、開業を検討する医師にとって選択肢の再評価を促す。従来、地方での開業は集患上の不利を意味すると受け止められがちであった。しかし、都市部での開業に規制と診療報酬上の制約が加わり、他方で不足地域には支援が用意されるのであれば、両者の期待収益の差は縮小する。加えて、都市部の一等地はテナント賃料も採用コストも高い。医業収入の絶対額ではなく、投下資本利益率で比較すれば、評価は逆転しうる。開業地の選定を「患者数の見込み」という単一の指標で行う時代は終わりつつある。
既に開業している院長にとっても、この改正は無関係ではない。分院展開を計画している場合、分院もまた新規開設であるから、外来医師過多区域に該当すれば事前届出の対象となる。複数の医療機関を運営する医療法人においては、ベースアップ評価料の継続的な賃上げの取組に係る施設基準が法人単位ではなく医療機関ごとの充足を求められることとあわせ、分院展開に伴う行政手続の負荷は着実に増している。
承継開業の相対的価値の上昇
新規開設に規制が加わるということは、既に保険医療機関の指定を受けている診療所の希少価値が高まるということでもある。承継による開業であれば、開設者の変更という形をとることで、新規開設に伴う事前届出の枠組みとは異なる整理となりうる。当然ながら、承継の可否や手続の詳細は個別の事案と自治体の運用によるため、事前に管轄の都道府県および地方厚生局に確認することが不可欠である。
ただし、承継には別の実務上の留意点がある。令和8年6月17日付の疑義解釈資料では、開設者変更や所在地移転に伴い旧医療機関を廃止して新たに指定を受け、例外的に指定日の遡及が認められた場合について、変更前から継続して診療している患者には変更後も再診料を算定するという取扱いが示された。同時に、施設基準が定められている項目については、変更前に届出を行っていた場合であっても、改めて届出を行う必要があることが明確にされている。ベースアップ評価料、電子的診療情報連携体制整備加算、地域包括診療加算といった届出を要する項目を一覧化し、再届出の要否と期限を承継前に洗い出しておかなければ、承継直後に算定漏れが発生する。
事業計画書が二重化する
開業を目指す医師にとって、これまで事業計画書とは金融機関に提出する資金計画であった。想定患者数、単価、人件費、返済原資という数字の体系である。今後はこれに加えて、行政に提出する「地域における役割の計画」が必要となる。前者は収益性を訴求する文書であり、後者は公共性を訴求する文書である。この2つは目的も読み手も異なるが、内容に矛盾があってはならない。夜間診療を行うと届け出ながら、収支計画には夜間の人件費が計上されていないという状態は、いずれの相手に対しても説得力を欠く。
まず確認すべきは、開業を検討している地域が外来医師過多区域に該当するかどうかである。区域の指定および運用の詳細は都道府県によって異なりうるため、候補地が絞れた段階で、管轄の都道府県、保健所、地方厚生局に照会することが出発点となる。物件を決めてから確認するのでは順序が逆である。開業とは、需要のある場所を選ぶ行為から、地域に必要とされる役割を選ぶ行為へと、その本質が移りつつある。