Clinic Diary
クリニック奮闘記
Clinic Diary
クリニック奮闘記
市販薬と同様の成分を含む医療用医薬品、いわゆるOTC類似薬について、保険給付のあり方を見直す議論が進んでいる。健康保険法の改正により一部保険外療養という枠組みが創設され、対象となる医薬品を保険診療で処方した場合、患者が追加の負担を求められる仕組みが導入される見通しである。
対象範囲については、市販薬と成分および投与経路が同一で、1日の最大用量が異ならない医療用医薬品を機械的に選定するという考え方に基づき、77成分、約1,100品目が示されている。厚生労働省は2026年6月25日に第1回の技術的検討会を開催し、対象医薬品にかかる効能効果の整理について議論を開始した。その後の会合では成分別の技術的な検討が進められており、施行は2027年3月が見込まれている。
施行までにはまだ時間があるように見える。しかし本稿で論じたいのは、この制度への対応が施行日から始めるべき性質のものではないという点である。
今回の仕組みは、選定療養の考え方を応用したものである。日本の医療保険制度は原則として混合診療を禁じているが、患者が自らの希望で標準的な保険給付を超えるサービスを選択する場合には、その差額を特別料金として負担する例外が認められてきた。紹介状なしで大病院を受診した際の定額負担、入院時の差額ベッド代がその代表例であり、2024年10月からは長期収載品についても同様の仕組みが導入されている。
OTC類似薬に関する見直しも、この延長線上にある。薬局で購入できる薬をあえて医療機関で処方してもらうことを、患者の選択的な便宜と位置づける整理である。追加負担の水準については、保険給付相当額に対して一定割合を上乗せする方式が議論されており、報道では25%という数字が示されている。ただし詳細は技術的検討会の結論を待つ必要がある。
制度の当否については、医療者の側からも強い異論が提起されている。全国保険医団体連合会は健康保険法改正案について廃案を求める見解を示しており、受診抑制や必要な治療へのアクセス阻害を懸念する声は根強い。医薬品の供給不安との関係を指摘する意見もある。こうした議論は今後も続くだろうが、経営者としての院長が備えるべきは、制度が施行された場合に自院の外来で何が起きるかという実務の側である。
影響が大きいと考えられる診療科の1つが皮フ科である。形成外科を併設するクリニックを含め、日常的に処方される保湿剤や抗ヒスタミン薬には、市販薬と成分を同じくするものが多い。
ヘパリン類似物質を含む保湿剤を例に考えたい。アトピー性皮膚炎の患者に対して、この薬剤は保湿という目的だけでなく、皮膚バリア機能の維持を通じてステロイド外用薬の使用量を抑えるという治療上の意味を持つ。処方量も、体幹と四肢の面積を考慮して算出されるものであり、市販の保湿クリームを適当に塗るのとは前提が異なる。
しかし、この治療上の意味は、患者にとって自明ではない。会計の窓口で追加の負担を求められたとき、患者が抱く疑問は「薬局で買える薬をなぜ病院で処方されたのか」というものである。ここで診療の意図が説明されていなければ、患者は負担増の理由を医療機関側の都合と受け取る可能性がある。
説明すべき内容は、実は制度が施行される前から診療の一部として存在していたはずのものである。なぜこの薬剤を選択したのか、どの範囲にどれだけ使用するのか、市販品との違いはどこにあるのか。これらは本来、治療の理解と服薬遵守のために説明されるべき事柄である。制度変更は、その説明が十分になされてきたかどうかを可視化する契機になる。
耳鼻咽喉科においては、アレルギー性鼻炎の治療薬が論点となる。第2世代の抗ヒスタミン薬には市販薬として販売されているものが複数あり、対象に含まれる可能性が高い。
ここで考慮すべきは季節性である。スギ花粉症の患者に対する初期療法は、飛散開始の2週間ほど前から開始することが推奨される。関西圏であれば1月下旬から2月上旬にかけて処方が集中する。施行が2027年3月と見込まれているとすれば、その最初の花粉症シーズンは制度開始の直後にあたる。年間で最も処方が集中する時期に、最も説明を要する制度が動き出すという構図である。
この時期の耳鼻科外来は、待合室が混雑し、1人当たりの診察時間を長く取ることが難しい。だからこそ、説明の設計を事前に済ませておく必要がある。診察室で医師が伝えるべき部分と、受付や会計で事務が伝えられる部分を切り分け、後者については文書として整備しておく。この準備を花粉症シーズンに入ってから始めることは現実的でない。
小児科ではまた別の問題が生じる。保護者は自らの負担ではなく子どもの治療に関する判断を求められるため、費用に関する説明への感度が高い。自治体の子ども医療費助成制度が適用されている地域では、患者側の実質負担が生じない場合もありうるが、その取り扱いが制度上どうなるかは、詳細が示された段階で確認を要する。いずれにせよ、保護者からの問い合わせが受付に集中することは予想しておくべきである。
外来運営の観点から最も避けるべきなのは、患者が追加負担の存在を会計の時点で初めて知るという状況である。
この構造は、患者にとって選択の余地がない形での負担増として体験される。処方を受ける前に説明があれば、市販薬での対応を選ぶことも、治療上の理由を理解したうえで処方を受けることもできる。会計で初めて知らされた場合、患者に残るのは説明を受けなかったという感覚だけである。
窓口対応の負荷という点でも同様である。会計担当者が制度の説明を求められても、処方の医学的な理由を答えることはできない。結果として「先生に確認します」というやり取りが生じ、診察中の医師が呼び戻される。待ち時間は延び、他の患者の不満が積み上がる。1人の患者への説明不足が、外来全体の運営に波及する。
対応として現実的なのは、対象品目が確定した段階で自院の処方実績を照合し、影響を受ける患者層を特定しておくことである。その上で、診察室での説明に組み込む内容を定め、必要であれば説明用の文書を用意する。院内掲示についても、制度の存在を事前に周知しておくことで、窓口での摩擦は相当程度軽減される。
院内処方を行っているクリニックでは、在庫管理にも影響が及ぶ。対象品目の処方が減少すれば、従来の発注量では過剰在庫となる。逆に、対象外の代替薬へ処方が移行すれば、新たな品目の在庫を確保する必要が生じる。この調整には数か月を要する。
院外処方の場合は、門前薬局との情報共有が課題となる。患者への説明が医療機関と薬局とで食い違えば、患者の不信は双方に向かう。制度の内容と、自院としてどう説明するかという方針を、事前に薬局側と共有しておくことが望ましい。
患者の自己負担が増える局面において、医療機関がどう振る舞うかは、地域における評価に直結する。
制度を決めたのは国であり、医療機関に責任はない。それは事実である。しかし患者が制度を体験するのは、クリニックの窓口においてである。そこで丁寧な説明を受けた患者と、事務的に金額を告げられた患者とでは、その後の受診行動が変わる。負担増そのものは避けられないが、納得の有無は医療機関側が左右できる。
2027年3月という施行時期は、まだ先のことのように見える。しかし対象品目の確定、自院の処方実績の照合、説明方針の決定、文書の整備、スタッフへの周知という工程を順に踏むならば、準備期間として十分に長いとは言えない。制度への賛否とは別に、経営者としての備えは今から始めるべきである。