Clinic Diary
クリニック奮闘記
Clinic Diary
クリニック奮闘記
「人が採れない」は一時的な現象ではない
看護師の有効求人倍率は2倍を超える水準が10年近く続き、直近の統計でも2.1倍台で推移している。医療技術職に至っては3倍を超え、無資格で応募できるはずの医療事務でさえ2倍前後という数字が示されている。2030年には医療・福祉分野で約187万人の人材が不足するという推計もある。これらの数字が意味するのは、求人媒体を変えれば応募が来るという次元の話ではなく、診療所が採用できる人員の総量そのものに上限があるという構造的な事実である。
多くの院長は、この事実を「採用が厳しい」という採用の問題として受け止めている。しかし本来これは、採用の問題である前に、事業設計の問題である。10人で回していた診療所が8人でしか回せなくなったとき、8人で回せる診療所に設計し直すのか、それとも10人分の業務を8人に背負わせるのか。後者を選んだ診療所では、残った職員が疲弊し、さらに人が辞め、7人になり6人になる。人手不足時代に持続する診療所モデルの出発点は、自院が確保できる人員で担える範囲を直視し、その範囲の中で地域における自院の役割を定義し直すことにある。
役割は「何をやるか」ではなく「何をやらないか」で決まる
診療所の役割を語るとき、我々はつい「何ができるか」を並べたがる。外来診療、健診、予防接種、在宅、時間外対応、専門的な検査、リハビリテーション。開業時にこれらをすべて掲げた診療所は少なくない。しかし人員に上限がある以上、掲げた役割のすべてを同じ質で維持することはできない。役割の再定義とは、この一覧から何を残し、何を地域の他の資源に委ねるかを決めることに他ならない。
ここで重要なのは、削るという決断が患者にとっての価値を下げるとは限らないという点である。すべてを浅く広く提供する診療所と、限られた機能を確実に提供する診療所とでは、地域の患者にとっての信頼性は後者が高い。看護師が3人しかいない診療所が在宅医療を掲げ、訪問の日には外来が滞り、外来の日には訪問の連絡に対応できないという状態は、在宅と外来の双方で患者の期待を裏切っている。地域にとって必要なのは、その診療所が「必ずやると約束したことを必ずやる」ことである。
なお、自院の機能を対外的にどう報告するか、紹介患者をどう受け入れるかという論点はそれぞれ別の機会に扱った。本稿が問うのは、制度が求める機能の分類ではなく、自院の人員で持続可能な機能の範囲という、より内側の問いである。
開業準備中の医師にとっての含意
この論点は、既に開業している院長だけでなく、開業を準備している医師にとってはより重要である。開業計画の多くは、想定する職員数を前提に提供する機能を積み上げる形でつくられるが、その職員数が確保できる保証はもはやない。開業準備の段階で、看護師2名、事務職員2名で提供できる機能は何かという最小構成から計画を組み立て、職員が確保できた場合に機能を追加する順序を決めておくことが、開業直後の混乱を避ける。開業時に掲げた機能を後から削ることは患者と職員の信頼を損なうが、最初から絞った機能を後から広げることは、成長として受け止められる。
機能の棚卸しと3つの問い
役割の再定義は、自院が現在提供している機能を1つずつ書き出し、それぞれに3つの問いを立てることから始まる。第1に、その機能は自院の人員構成で安定的に提供できているか。第2に、その機能を自院が担わなかった場合、地域の患者はどこで同じ機能を受けられるか。第3に、その機能は自院の収益と職員の負荷に見合っているか。この3つの問いに対する答えが、機能ごとの「維持」「縮小」「委譲」の判断を導く。
循環器内科のある診療所は、開業以来、慢性心不全患者の外来管理と在宅訪問の両方を掲げてきた。しかし看護師の退職が続き、訪問看護との連携が滞るようになった。院長はここで、在宅訪問を近隣の在宅専門診療所と訪問看護ステーションに委ね、自院は心不全の外来管理と急性増悪時の迅速な病院紹介に機能を絞った。訪問を手放したことで外来の看護体制が安定し、心不全患者の外来での体重管理や服薬確認の精度はむしろ上がった。在宅専門診療所からは、外来で管理できる状態に改善した患者が戻されるようになり、地域の中で双方向の役割分担が成立した。
小児科と整形外科に見る「時間帯」と「量」の設計
小児科の診療所では、役割の再定義が時間帯の問題として現れる。ある小児科は、開業当初は19時までの夜間診療を掲げ、共働き世帯の支持を集めていた。しかし夜間帯の看護師と事務職員の確保が難しくなり、日中の職員が延長勤務で支える構造になっていた。院長は地域の小児初期救急センターの輪番体制に参加することを条件に、自院の夜間診療を廃止し、その代わりに日中の予防接種と乳幼児健診の枠を拡充した。夜間の需要は救急センターが担い、自院は日中の予防と発達支援に軸足を置くという分担である。夜間診療を止めたことで一時的に患者は減ったが、予防接種と健診は季節変動が小さく職員の勤務も安定するため、年間で見た収益と職員の定着は改善した。
整形外科では、役割の再定義が提供量の問題として現れる。理学療法士の採用難は深刻で、運動器リハビリテーションの提供量は理学療法士の人数で上限が決まる。ある整形外科は、理学療法士2名で1日60単位を提供していたが、1名の退職後も同じ患者数を受け入れ続けたため、1人あたりの介入時間が短くなり、患者の不満と残った理学療法士の疲弊が同時に進んだ。院長はリハビリテーションの提供対象を術後と急性期に限定し、維持期の患者は介護保険の通所リハビリテーションや地域の運動教室に接続する方針に転換した。医療保険で担うべき範囲と介護保険や自主的な運動で担える範囲を分けることで、自院の機能は「急性期に集中的に介入する」という明確な役割に再定義された。
耳鼻咽喉科と皮フ科における専門性の絞り込み
日帰り手術を行う耳鼻咽喉科では、手術日の人員構成が診療所全体の役割を規定する。手術介助ができる看護師が2名しかいない場合、手術日に外来を並行して開けることは、外来と手術の両方の安全性を下げる。ある耳鼻咽喉科は、週2日の手術日には外来を予約患者のみに限定し、当日受診の需要は近隣の耳鼻咽喉科と相互に案内する協定を結んだ。手術という地域で自院にしか提供できない機能を守るために、当日受診という他院でも提供できる機能を手放した判断である。
皮フ科・形成外科の診療所では、自費診療の範囲をどこまで広げるかが役割の問いになる。人員が限られる中で保険診療の皮膚疾患管理と形成外科的な小手術、さらに自費の診療メニューを並行して広げると、職員は機器と手順の習熟が追いつかず、どの領域でも中途半端になる。ある診療所は、自費のメニューを自院の保険診療と連続性のある領域に限定し、それ以外の需要は扱わないことを明示した。役割を絞ったことで職員の習熟は深まり、患者への説明の一貫性も高まった。
役割を絞ると収益は減るのか
役割の再定義に対して院長が抱く最大の懸念は、機能を減らせば収益も減るのではないかという点である。短期的にはその通りである。夜間診療を止めれば夜間の患者は来なくなり、在宅を手放せば在宅の収益は失われる。しかし収益は機能の数ではなく、機能ごとの採算と持続性の総和で決まる。人員が不足した状態で維持している機能は、残業代と離職に伴う採用費と、疲弊した職員による診療の質の低下という見えない費用を伴っている。これらの費用を機能ごとに配賦すると、維持している機能の一部は赤字であることが多い。
さらに、機能を絞った診療所は、残した機能について職員の習熟が深まり、患者への説明の一貫性が高まり、地域の連携先にとって「何を頼めばよいか」が明確になる。この明確さは紹介患者の増加と既存患者の継続率の向上として、中期的に収益に戻ってくる。役割の再定義は収益を減らす決断ではなく、収益の源泉を持続可能な機能に集中させる決断である。
職員と共に決める
役割の再定義を院長1人で決めることは避けるべきである。現場の職員は、どの機能が過度の負荷を生んでいるか、どの機能に患者の需要が集中しているかを、院長よりも正確に把握している。機能の一覧を職員と共有し、それぞれの機能について「維持」「縮小」「委譲」の意見を求めることは、決定の精度を上げると同時に、決定後の実行を職員自身のものにする。院長が決めて職員に伝える方式では、削られた機能に愛着を持つ職員の不満が残る。職員と共に決める方式では、削る理由が共有され、残した機能への集中が組織の合意になる。
再定義は1度で終わらない
役割の再定義は、開業時に1度行えば済むものではない。人員構成は変わり、地域の医療資源も変わる。近隣に新規開業があれば自院が担わなくてよい機能が増え、病院の外来縮小があれば自院が引き受けるべき機能が増える。年に1度、自院の職員数と地域の資源を並べて、機能の一覧を見直すことが、人手不足時代の経営管理の基本動作である。
そして再定義の結果は、職員と患者に言葉で伝えなければならない。「当院は〇〇を行いません」という宣言は、院長にとって勇気の要ることであるが、それによって職員は自分たちに何が求められているかを理解し、患者は自院に何を期待できるかを理解する。すべてを引き受ける診療所ではなく、引き受けたことを確実に果たす診療所であること。それが、人が採れない時代に地域から必要とされ続ける診療所の条件である。