Vol.1248 導入したのに楽にならない、を避ける ― 人手のボトルネックから逆算する医療DXの現場設計

本当は知りたい失敗談・トラブル事例

Clinic Diary
クリニック奮闘記

Vol.1248 導入したのに楽にならない、を避ける ― 人手のボトルネックから逆算する医療DXの現場設計

導入率は上がり、現場の負荷は下がらない

オンライン資格確認、Web問診、自動精算機、電子処方箋、電子カルテのクラウド化。診療所における医療DXの導入率はこの数年で大きく上がった。しかし導入した診療所の院長から聞かれるのは、「導入したが職員の残業は減らない」「かえって確認の手間が増えた」という声である。機器やシステムが現場を楽にしないのは、機器の性能の問題ではなく、何のために導入するかという設計が欠けているからである。

医療DXに関する投資判断や制度上の位置づけについては別の回で扱った。本稿が扱うのは、導入を決めた後、あるいは既に導入した機器を、人手不足の現場で実際に機能させるための運用設計である。人手不足時代におけるDXの目的は明確である。それは、限られた職員の時間を、職員にしかできない業務に振り向けることに尽きる。

ボトルネックを特定してから手段を選ぶ

DXの失敗の多くは、手段から入ることに起因する。展示会で見た機器、同業者が導入したシステム、業者の提案。これらを起点にすると、自院のどの業務の負荷を減らすのかが曖昧なまま導入が進む。逆に、自院の職員の時間がどこで最も消費されているかを先に特定すれば、必要な手段は自ずと絞られる。

具体的には、1週間程度、職員の業務を時間帯ごとに記録する。多くの診療所で判明するのは、電話対応、受付での問診票の転記、会計時の待ち行列、診察後のカルテ入力、月末のレセプト点検という5つの工程に時間が集中していることである。このうち、電話対応と問診票の転記は、患者側に入力を委ねる仕組みで大幅に減らせる。会計の待ち行列は自動精算機とキャッシュレス決済で短縮できる。カルテ入力は音声入力と生成AIによる下書き作成で圧縮できる。レセプト点検はチェックの自動化で平準化できる。手段を選ぶのは、ボトルネックを特定した後である。

電話と問診 ― 小児科と整形外科の実例

電話対応は、診療所で最も職員の時間を奪う業務の1つでありながら、最も可視化されにくい。ある小児科では、事務職員2名が1日に受ける電話が100件を超え、その大半が予約の変更、診療時間の問い合わせ、予防接種の可否の確認であった。電話が鳴るたびに受付業務が中断され、目の前の患者の対応が遅れる。院長はWeb予約の割合を高めるとともに、定型的な問い合わせに自動応答するAI電話を導入した。電話の総数の約8割を自動応答で完結させたという事例が報告されており、この小児科でも人が対応する電話は1日20件程度に減った。重要なのは、人が対応すべき電話、すなわち症状の相談や緊急性の判断を要する電話に職員が集中できるようになったことである。

整形外科では、リハビリテーションの予約管理が電話対応の主因になりやすい。ある整形外科は、理学療法士ごとの予約枠をWeb上で患者が直接選べるようにし、変更とキャンセルも患者側で完結する仕組みに切り替えた。初期には高齢患者の操作の困難が懸念されたが、家族が代行して予約する割合が高く、また受付でタブレットを用いて職員が一緒に操作する運用を並行させたことで、移行は円滑に進んだ。電話予約が減ったことで、受付職員は初診患者の問診と保険確認に時間を割けるようになった。

カルテ入力 ― 循環器内科の実例と精度の問題

診察後のカルテ入力は、医師自身の時間を消費する工程である。2026年1月には、診察室の会話を音声認識し、生成AIがカルテの下書きを作成して電子カルテに連携する取り組みが厚生労働省の事業として病院で開始された。診療所向けにも、診察中の会話からSOAP形式の下書きを生成する製品が複数提供されており、診察終了時点で8割から9割の記載が完成しているという状況が実現しつつある。

循環器内科のある診療所では、1日の外来患者が60名を超え、院長のカルテ入力が診療終了後に1時間以上残る状態が続いていた。音声入力による下書き作成を導入した結果、診療終了後の入力時間は20分程度に短縮された。ただし院長は、導入当初に2つの問題に直面している。第1に、薬剤名や検査値の誤認識であり、これは院内の用語辞書を整備することで改善した。第2に、生成された下書きを確認せずに確定してしまう危険であり、これは診察の最後に患者の前で要点を読み上げて確認する運用で対処した。音声入力は医師の時間を圧縮するが、記載の責任を医師から取り除くものではない。この前提を院内で共有しなければ、効率化は記録の質の低下と引き換えになる。

レセプト点検の平準化 ― 月末の残業をなくす

月末から月初に集中するレセプト点検は、事務職員の残業と精神的負荷の主因である。点検の一部を自動化するツールは、算定漏れや記載の不整合を日々の診療の中で検知し、月末の作業を平準化する。ある呼吸器内科の診療所では、日次で点検を行う運用に切り替えたことで、月初の残業がほぼなくなり、返戻と査定の件数も減少した。ただし自動化された点検は、ルールに基づく形式的な確認であり、診療内容と記載の整合を判断する最終的な責任は人にある。自動化の目的は、人が判断すべき事項に人の時間を集中させることであり、判断そのものを機械に委ねることではない。この原則は、音声入力にも電話の自動応答にも共通している。

例外処理が人に戻る問題 ― 皮フ科の実例

DXが現場を楽にしない最大の原因は、例外処理である。Web問診を導入しても、入力できない患者のために紙の問診票を残し、その転記は職員が行う。自動精算機を導入しても、公費併用や自費の混在は職員が手作業で処理する。例外の割合が2割を超えると、職員は2つの手順を並行して覚えなければならず、負荷は導入前より増える。

皮フ科・形成外科のある診療所では、保険診療と自費診療が混在するため、自動精算機の導入後も会計の多くが職員による手作業に戻っていた。院長は、自費診療の会計を自動精算機で処理できるよう料金体系を整理し、公費併用の患者については会計前に事務職員が確認する工程を1つ追加することで、例外を例外として扱う手順を明確にした。DXの設計とは、標準的な流れを決めることであると同時に、例外をどこで誰が処理するかを決めることである。例外処理の設計を怠ると、機器は動いていても業務は人に戻る。

職員の側の受け入れ ― 導入時の設計

DXが現場に定着しない原因の1つは、職員がその機器を自分の仕事を奪うものとして受け止めることである。電話の自動応答は受付職員の仕事を減らすが、それは受付職員の価値を減らすことではなく、受付職員の時間を患者への直接の対応に振り向けることである。この意図を院長が言葉で伝えなければ、職員は新しい機器を警戒し、従来の手順を手放さず、二重の運用が続く。

導入時には、新しい機器によって減る業務と、その時間で新たに担ってほしい業務を、職員ごとに具体的に示すことが望ましい。ある整形外科では、Web予約の導入により電話対応が減った受付職員に、初診患者への保険と公費の確認と、リハビリテーションの継続率の月次集計という新しい役割を与えた。職員は自分の仕事が減ったのではなく変わったことを理解し、新しい役割に価値を見出した。DXの定着は、機器の性能ではなく、職員の役割の再設計によって決まる。

小さく始めて広げる

DXの導入は、診療所全体を一度に変えるのではなく、1つの工程から始めて効果を確認し、次の工程に広げる順序が望ましい。電話対応から始め、効果が出れば問診に広げ、次に会計に広げる。この順序であれば、職員は1つずつ新しい手順に慣れることができ、効果が出なかった場合の見直しも容易である。一度にすべてを変えようとする診療所では、複数の新しい手順が同時に導入され、職員の混乱と例外処理の増加によって、どの機器の効果も確認できないまま二重運用が定着する。

効果は測らなければ分からない

DXの効果は、導入前と導入後で職員の業務時間がどう変化したかを測ることで初めて確認できる。電話の件数、受付の滞留時間、カルテ入力に要する時間、月末のレセプト点検に要する残業時間。これらを導入前に記録し、導入後に比較する。効果が出ていなければ、運用の設計に問題があるか、ボトルネックの特定が誤っていたかのいずれかである。

医療DXは、導入が目的ではない。人手不足時代において、職員の時間を職員にしかできない業務に集中させ、少ない人数でも診療の質を維持することが目的である。その目的から逆算して手段を選び、例外の処理を設計し、効果を測る。この一連の作業を院長が主導することが、現場で活きる医療DXの条件である。

ページトップへ戻る