Clinic Diary
クリニック奮闘記
Clinic Diary
クリニック奮闘記
先週の木曜日、午前の外来が終わりかけたころに、受付の電話が鳴った。職員から渡されたメモには、10年以上通ってくださっている78歳の女性患者さんの名前と、娘さんからの伝言が書かれていた。玄関の段差で転んでから、母が外に出るのを怖がるようになった、次の予約は難しそうだ、という内容である。
血圧の薬と膝の痛み止めを、毎月欠かさず取りに来る方だった。(通えなくなったら、薬はどうなるのだろう。近くの別のクリニックに移るのか、それとも飲まなくなるのか)と考えたところで、私は手を止めた。
開業して9年になる。うちは内科が中心で、高血圧や糖尿病の患者さんを長く診てきた。外来の数字は安定しているのに、ここ2年ほど、気になる動きがある。予約の欠席が続いたあと、そのまま来なくなる患者さんが増えてきたのだ。
理由を聞けるのは、家族が電話をくれたときだけである。大半は何も言わずに、カルテの最終受診日だけが古くなっていく。(診療がまずかったわけではない。ただ、通えなくなっただけだ。それなのに、うちは何も手を差し出せていない)という思いが、胸の中に残った。
試しに、電子カルテから過去1年で受診が途絶えた65歳以上の患者さんを抽出してもらった。出てきた名簿は、1枚に収まらなかった。転居や死亡で説明がつく人を除いても、薬が定期的に出ていたのに、理由がわからないまま止まっている人が何人も残った。数字にして初めて、私は自院の取りこぼしを直視したのである。
クリニック経営の面から見ても、これは小さな話ではない。長年の患者さんは、新規の患者さんよりはるかに安定した収入源であり、地域での評判を支える存在でもある。通院が途切れた時点で、その両方を同時に失うことになる。
家族の側から見れば、事情はさらに切実である。付き添いのために仕事を休み、車を出し、待合室で1時間待つ。その負担が限界に近づいたとき、家族は「もう通わせるのをやめよう」と決める。患者さんが望んでいなくても、である。うちが選ばれなくなる分かれ道は、診察室の中にはない。
訪問診療を始めれば解決する、と単純に考えたわけではない。先に訪問をしている近隣の先生に話を聞くと、最初に口をそろえて言われたのは、医療の腕より連携が大事だということだった。
通院が難しくなった患者さんの情報は、まず家族に入り、次にケアマネジャー、訪問看護ステーション、薬局へと流れる。つまり、うちを思い出してもらえるかどうかは、これらの窓口に顔が見えているかで決まる。診察室で待っていても、紹介は来ない。
訪問看護ステーションの所長にも会って、率直に聞いた。返ってきた答えは、新しく始める診療所には、まず夜間や休日の連絡体制を聞かれるというものだった。24時間対応を最初から約束するのは難しい。それなら難しいと伝え、できる範囲を具体的に示すしかない。
そこで私は、外来の患者さんの家族が付き添いで来たときに、ひと言添えることにした。「通うのがつらくなったら、先に連絡をください」。このひと言を、受付と看護師にも共有した。広告を打つ話ではなく、すでに信頼してくれている人に、次の選択肢を伝えておくという話である。
併せて、近くのケアマネジャーの事務所を2か所訪ね、うちが対応できる範囲と、対応できない範囲の両方を紙1枚にまとめて渡した。断る基準を先に示しておくほうが、相手は紹介しやすいと聞いたからだ。
ここで、医療事務のMさんに意見を聞いた。入職して6年目、外来のレセプトなら誰よりも速い。ところが在宅の請求の話になると、表情が曇った。
「外来と同じ感覚では、たぶん通りません。同意書や計画書の記録がそろっていないと、算定の根拠が弱くなります。月をまたぐ訪問や、訪問先が自宅か施設かで、見るべき点も変わるはずです」
その通りだと思った。在宅の算定には、要件を満たしたうえで記録を残す作業がつきまとう。診察の腕前がどれだけ良くても、記録が欠ければ請求は不安定になる。 (始めてから査定や返戻に慌てるのでは遅い。診療を増やす前に、請求の足場を固めるべきだ)と、私は考えを改めた。
ここで、医療事務スタッフ教育の設計が問われる。外来の経験が長い職員ほど、在宅の算定は「知っているつもり」になりやすい。そこで次のように分けて準備することにした。
この3つは、特別な仕組みではない。どれも、外来で当たり前にやっている確認を、在宅に合わせて置き直しただけである。大がかりなシステムを入れる前に、紙1枚とカレンダーの予定だけで回せるかどうかを試すほうが、失敗しても傷が浅い。
在宅が加わると、請求の確認工数は確実に増える。外来のレセプトに加えて、訪問ごとの記録と突き合わせる作業が発生するからだ。Mさん1人に抱えさせれば、また属人化が進んでしまう。
そこで、レセプト代行を使う可能性も初めて真剣に考えた。以前に読んだ「外注費は高いのか ― 内製の見えないコストと比較する費用対効果の測り方」の考え方を借りて、自院の請求にかかっている時間を、Mさんの残業も含めて1か月分書き出してみた。
数字を並べると、外来分の点検に使っている時間は想像より多く、そこへ在宅分を足す余裕がないことがはっきりした。ただし、レセプト請求代行に任せられる範囲は、委託先によって違う。在宅の請求まで対応しているか、記録の不備をどの段階で知らせてもらえるかは、契約の前に確認してください。
確認の仕方も決めた。在宅の請求の実績があるか、同意書や計画書が欠けていたときに誰へ何日以内に連絡が来るか、月末の締めまでの日程はどうなるか。この3点を、見積りを取る前に文書で答えてもらう。口頭の説明だけで進めると、後で認識がずれる。営業の上手さではなく、答えの具体性で比べるつもりだ。
レセプト外注を選ぶ場合でも、院内に残すものがある。同意書や計画書の管理と、診療録の記載は、外には出せない。外注は請求の確認を軽くするだけで、記録を残す責任は院内に残る。この線引きを間違えると、新しい手間が増えるだけになる。
費用の見方も整理した。外注費だけを見ると高く感じるが、Mさんが月末に残る数時間と、返戻や査定の再提出に追われる時間を足せば、見え方は変わる。ただし、安くなると決めつけて始めるのは避けたい。3か月だけ試して、点検にかかる時間と戻りの件数を測り、数字で続けるかどうかを決める。
最終的に私は、いきなり訪問を広げるのをやめた。まず、すでに通院が難しくなった3人の患者さんから始めることにした。人数を絞れば、請求の流れも記録の書き方も、職員が現実の症例で確かめられる。
新人の育成についても、同じ考え方が使える。院内の教育をどう仕組みにするかは、「新人の医療事務が3か月で辞める ― 教育を「先輩の頭の中」から「院内の仕組み」へ移す」で整理した通りで、在宅の算定も、Mさんの頭の中ではなく手順書に落とすことにした。
職員への説明は、全員を集めて15分で済ませた。訪問を増やすと残業が増えるのではないか、という不安が出たので、始める人数を絞ること、請求の確認は院外の力も借りて分けることを先に話した。不安を先に聞いておくと、反対ではなく具体的な質問に変わる。受付からは、訪問日の電話の受け方について提案が出た。
最初の1件目は、私と看護師、そしてMさんの3人でご自宅に伺うことにした。Mさんには、現場を見てもらいたかったからだ。段差の高さ、薬の置き場所、家族が何に困っているか。それを知っている事務職員は、帰ってから書く記録の意味を理解したうえで、請求を確認できる。
もう1つ、気づいたことがある。訪問診療の記録が整っている診療所は、将来の診療所承継(M&A)の場面でも、説明がしやすい。誰がどの患者を、どの頻度で診ているかが、書類で追えるからだ。以前考えた「院長がいなくても診療所は動くか」という問いに、1つ答えが出た気がした。
その日の夕方、娘さんに電話をかけた。まだ訪問診療の体制は整っていない、と正直に伝えたうえで、いまの薬をどう続けるか、近いうちに1度ご自宅に伺えるか、ともにに考えましょうと話した。電話口の声が、少しだけ緩んだように聞こえた。
翌週、私は初めて自分の足で、あの患者さんの家の玄関に立つ。段差は、思っていたより高かった。(この段差が、10年続いた通院を断ち切りかけていたのか)と思うと、請求の台帳づくりも、ケアマネジャーへの挨拶も、遠回りには感じなかった。
クリニック経営は、診察室の外で患者さんを待つ仕事でもある。通えなくなった人を手放さないための準備は、診療の技術だけでなく、請求と人の仕組みの上に成り立っている。私はそれを、今回の電話で教えてもらった。
通院が途切れる前に、こちらから手を伸ばす。そのための準備に、派手な投資は要らない。名簿を見直し、請求の足場を固め、地域の窓口に顔を出す。院長の私が最初に動くかどうかだけが、結果を分けると思っている。
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