新人の医療事務が3か月で辞める ― 教育を「先輩の頭の中」から「院内の仕組み」へ移す

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新人の医療事務が3か月で辞める ― 教育を「先輩の頭の中」から「院内の仕組み」へ移す

火曜日の夕方、小児科の診察室で最後のカルテを閉じたところに、受付の主任が顔を出した。「院長、お時間をいただけますか。先月入った新人さんが、今月末で辞めたいと言っています」。

採用して、まだ3か月である。(またか。この2年で、医療事務は4人目だ)。胸の中でそうつぶやいた。当院は小児科の単科で、1日の外来はインフルエンザの流行期に120人を超える。受付と会計、レセプト、電話対応を、常勤の事務スタッフ4人で回している。

辞める理由は「忙しさ」ではなかった

新人本人と15分だけ話した。給与や人間関係への不満は出てこなかった。出てきたのは、次の言葉だった。

「毎日、誰に何を聞けばいいのか分からないんです。聞くたびに、先輩の言うことが少しずつ違います」。

(先輩ごとに答えが違う。それは本人の問題ではなく、うちの問題だ)。そう気づいて、主任に頼んで過去2年の退職者の理由を並べてもらった。4人のうち3人が、辞めるときに同じような言葉を残していた。「何を覚えればいいのか分からない」「できているのか自分で判断できない」。

当院の医療事務スタッフ教育は、先輩が横について教える形だった。熱心な先輩ほど、自分のやり方を丁寧に教える。そして、そのやり方は先輩ごとに少しずつ違う。新人は3人分の「正解」を同時に浴びていたことになる。

教育の中身を、1度すべて書き出してみる

翌日の昼休み、主任と2人で、新人が最初の3か月で覚えるべき業務を付箋に書き出した。受付での保険証確認、窓口会計、予約の電話、月初のレセプト点検の補助、といった具合だ。出てきた付箋は58枚だった。

次に、その58枚を3つに分けた。

  • 誰がやっても同じ手順にすべきもの(保険証の確認、会計の入力、窓口での支払い方法の案内)
  • 患者の状況に応じて判断が要るもの(発熱で来た子の順番の入れ替え、保護者への説明)
  • 院長や医師にしか決められないもの(診察の優先順位の最終判断、自費の取り扱い)

主任が眺めて言った。「1つ目が37枚あります。これ、全部教える人によって言い方が違っていました」。(37枚。つまり、新人の混乱の大半は、本来そろえられるはずの部分で起きていたことになる)。

先輩の頭の中にあるものを、手順書に変える

手順書づくりは、主任ひとりに任せなかった。主任に任せると、主任のやり方が「正解」として固定されるからだ。4人のスタッフそれぞれに、自分の得意な業務を2〜3個ずつ、スマートフォンで撮影しながら実演してもらった。

撮影した動画は、1本あたり2〜3分に収めた。保険証の確認なら、「資格確認の画面を開く」「氏名と生年月日を声に出して確認する」「期限切れの表示が出たらこう言う」という順番である。長い文章のマニュアルは作らなかった。新人は忙しい受付で、文章を読む時間がないからだ。

手順に迷ったときの判断も、決めておいた。先輩によって答えが違ったときは、その場で決めず、主任が週に1度の10分ミーティングで統一する。決まった答えは、動画の字幕を差し替えて反映する。

新人の1日を、3か月分の予定表にした

手順書と並行して、新人が3か月で何をできるようになるかを、週単位の表にした。

新人の医療事務スタッフ教育スケジュール(3か月)
時期任せる業務確認する人
1〜2週目 保険証確認、窓口会計の入力 主任(毎日5分)
3〜6週目 電話予約、会計の締め作業 主任(週2回)
7〜12週目 月初のレセプト点検の補助 主任と院長(月1回)

この表には、できなくてよい業務も書いた。たとえば、1〜2週目の新人にはレセプトに触れさせない。「何でも覚えなければ」という焦りが、新人を追い込んでいたと考えたからだ。

小児科ならではの、新人が最初につまずく場面

手順書を作る過程で、新人が最も困る場面が見えてきた。保険証の確認や会計の入力ではない。発熱した子どもを連れた保護者からの電話と、待合室での声かけである。

電話の向こうの保護者は、たいてい焦っている。「昨夜から熱が下がらない。今から行ったら診てもらえるか」と聞かれたとき、新人は答えに詰まる。診察の順番を決めるのは医師だが、電話に出るのは事務だからだ。以前の当院では、新人が受話器を押さえて先輩を呼びに走り、保護者を30秒以上待たせることがあった。

(受付が答えてよい範囲を決めていなかったのは、院長である私だ)。反省して、電話対応を3段階に整理した。受付がその場で答えてよいこと(診療時間、持ち物、駐車場の案内)。看護師に確認してから答えること(受診の目安、待ち時間の見込み)。医師が判断すること(緊急性の評価)。この3段階を1枚の紙にして、電話機の横に貼った。

新人に伝えたのは、「答えられないと感じたら、看護師につなぐのが正解」という一言だった。すべてを自分で答えようとして固まる新人より、つなぐ判断が早い新人のほうが、保護者の安心につながる。

レセプト業務は、全員が抱え込まないと決める

月末月初のレセプト請求業務は、当院でも負担の大きい仕事だった。新人の教育が進まない理由のひとつが、ここにもあった。主任がレセプトに追われる時期は、新人への指導が止まる。

そこで、請求業務の分担を見直した。毎月の請求のうち、点検に判断が要る部分は主任が持つ。入力と確認の作業は、教育が終わったスタッフから順に分ける。外部のレセプト代行やレセプト外注を使うかどうかも話し合ったが、「いまの主任の負担が何時間なのか」を測らずに決めるのは早いと判断した。まずは月ごとの作業時間を記録し、数か月分を見てから決めることにした。

外注するかどうかは、費用だけで決めるものではない。費用の考え方は、外注費は高いのか ― 内製の見えないコストと比較する費用対効果の測り方が参考になる。教育に使う時間も、そのコストに含まれる。

3か月後に起きた変化

手順書づくりから3か月が過ぎた。結果を、正直に書いておく。

辞めると言った新人は、結局、辞めなかった。主任との面談で「何を聞けばいいのか分かるようになりました」と話してくれた。動画を見返せば、先輩に聞かなくても確認できる場面が増えたからだ。

変わった点は、新人の定着だけではない。先輩スタッフの負担も軽くなった。以前は、新人から同じ質問を1日に何度も受けて、自分の仕事が止まっていた。いまは動画で済む質問が減り、先輩が本当に判断を要する相談に時間を使えている。

数字でも確かめた。教育に取りかかる前の半年間、先輩スタッフが新人の質問に対応した時間を、主任に簡単に記録してもらっていた。月に平均で約20時間である。手順書と動画を導入した後の3か月は、同じ記録が月に約9時間まで減った。診療の合間に使える時間が増えたことで、請求業務の点検にも余裕が生まれている。

残った課題もある。動画の更新が、主任の仕事になっている点だ。制度や院内の運用が変わるたびに、誰かが撮り直す必要がある。そこで、更新担当を月ごとの持ち回りにした。主任ひとりに集中しないようにするためだ。

3か月の面談で、何を聞くか

基準を示すだけでは、スタッフ教育は続かない。確認の場がなければ、手順書は棚に置かれて終わる。当院では、入職から1か月、2か月、3か月の時点で、院長が15分ずつ面談を行うことにした。

面談で聞くことは、3つに絞っている。「この1か月で、できるようになったことは何か」「いま、いちばん聞きにくいことは何か」「手順書で分かりにくかった場所はどこか」。評価を伝える場ではなく、教える側の仕組みの穴を見つける場だと位置づけた。

実際に、2か月目の面談で新人から指摘があった。「会計の返金の手順が、動画にありません」。確かに、返金は年に数回しか起きず、誰も動画に撮っていなかった。その場で主任に伝え、翌週には動画が追加された。滅多に起きない業務ほど、新人は迷う。(この穴は、先輩だけで見直していたら、永久に埋まらなかっただろう)。

面談の記録は、A4で1枚にまとめて保管している。次に新人が入ったときに、どこで人が迷いやすいかを読み返せるからだ。

院長が決めるべきことは、教育の「担当者」ではなく「基準」だった

振り返ると、私は2年間、教育を現場に任せたつもりで、実際は放置していた。(任せるのと、基準を示さないのは別の話だ)。

院長がやるべきことは、教え方を指示することではない。「3か月でここまでできれば合格」という基準を示し、基準を満たしたかどうかを一緒に確認することだ。当院では、3か月の面談を院長が必ず行うと決めた。

スタッフが入れ替わるたびに、採用と教育のコストが発生する。1人辞めるごとに、求人の費用、面接の時間、教える側の残業が積み重なる。診療所の承継やM&Aを考える院長なら、なおさら気をつけてほしい。引き継ぐ側は、スタッフの定着率と教育の仕組みの有無を、必ず見ているからだ。

まず今週中にやること

手順書づくりは、大がかりに始める必要はない。次の1つだけ、今週中に試してください。

  • 新人が最初の1週間で最もつまずく業務を1つ選び、先輩にスマートフォンで2分の動画を撮ってもらう

動画を見ながら、先輩ごとの手順の違いを書き出してください。違いが見つかれば、それが教育の最初の改善点になる。

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