Clinic Diary
クリニック奮闘記
Clinic Diary
クリニック奮闘記
10月の月例ミーティングで、医事課の田村主任から月次の新患数の表を渡された。開業して7年目になる私の小児科で、新患が前年の同じ月より2割近く減っている。
(また少子化か。この町の子どもが減っているのだから、仕方ないのかもしれない)
郊外の住宅地にある診療所で、常勤医は私だけ、看護師3人と医療事務3人で回している。ここ数年は待合室が混み合う日が続いていたので、新患の減少をどこか他人事のように眺めていた。「忙しいうちは大丈夫」と思い込んでいたのだ。
少子化が進んでいるのは事実だ。町の広報を見ても、小学校の学級数は減り続けている。だから私は、新患の減少を人口の問題として片づけようとした。
田村主任は、その結論に首をかしげた。「院長、町全体の子どもの数は、この3年で数パーセントしか減っていません。うちの新患が2割減るのは、人口だけでは説明がつかないと思います」
(言われてみればその通りだ。人口が数パーセント減って新患が2割減るなら、残りの差はどこから来たのか)
経営の数字は、原因を決めつけた瞬間に見えなくなる。それを経験から知っていたはずなのに、「少子化」という便利な言葉に、考えることを預けていた。
夜、診察室で1人になってから、競合の存在を考えた。隣の駅に新しい小児科ができたと聞いたとき、私は「患者さんは、長く通った先生を簡単には変えない」とたかをくくった。小児科の患者は、子どもが成長すれば卒業していく。通い続けてもらうことを前提にした経営は、そもそも成り立たない。
(変えないのではなく、変える理由がまだ生まれていなかっただけだ。理由が生まれたら、親は静かに他へ移る)
田村主任が持ってきたのは、過去3年分のレセプトデータを、患者の住所の町名と年齢で並べ直した集計表だった。レセプトには生年月日と受診日が残る。受付のデータと突き合わせれば、どの地域のどの年齢層が、いつ何回来たかが分かる。
「請求のために毎月作っているデータです。新しく集める手間はありません。請求が終わったら、誰も開かなかっただけです」
(毎月作って、毎月閉じていたのか。請求業務の副産物を経営の材料にした記憶が、私にはない)
以前、リハビリ室は黒字なのか ― レセプトデータで診療行為別の採算を見る、院長のための部門別損益の考え方という記事で、レセプトデータから診療行為別の採算を見る考え方を書いた。今回はそれを、採算ではなく患者の流れに向けて使うことになる。
集計の見方も教わった。町名ごとに患者数を数えるだけでは足りない。同じ町名でも、3年前の新患と今年の新患を並べると、増えた町と減った町がはっきり分かれる。年齢は0歳から2歳、3歳から5歳、6歳から9歳、10歳以上の4つに区切り、受診の時間帯も加えた。3つの軸が揃うと、表は急に表情を持ち始める。
集計表から読み取れたのは、次の3点である。
駅の南側は、2年前に別の小児科が開業した方面である。新興住宅地の若い親は、保育園の帰りに通える診療所を選ぶ。当院が見捨てられたというより、選ぶ場面に入れていなかったのだと思った。
0歳から2歳の減少も気になった。この年齢は、親が最初に小児科を選ぶ時期にあたる。ここで選ばれなければ、その子が6歳になっても当院に来る理由は生まれない。再診が前年並みで安心していた数字は、実は過去に選ばれた実績であって、今の選ばれ方を映していなかった。
(少子化ではなかった。うちは、共働きの親が通いやすい診療所ではなくなっていたのか)
院長の仕事は、数字を見て嘆くことではない。田村主任と相談し、費用のかからないものから順に手を打つことにした。
職員への説明では、順番を間違えないよう気をつけた。最初に集計表を全員に見せ、新患が減った理由を人口ではなく時間帯と地域で説明した。そのうえで、延長日の勤務案を示し、反対意見を先に出してもらった。「結論ありきで押し付けられた」と感じさせないことが、運用を続けられるかどうかを分ける。
最初に変えたのは夕方の受付時間だ。週3日だけ、受付を18時30分まで延ばした。看護師と医療事務には、早く出る日と遅く出る日を交代制で決め、人件費の増加分は半年後に新患の増減と並べて見直すと伝えた。
延長日の運用も細かく決めた。18時を過ぎた受付は発熱と外傷の患者を優先し、会計は看護師が診察室で説明を終えてから窓口へ回す。窓口が1人でも流れるように、再診の予約票はあらかじめ印刷して机に置いた。細部まで決めておけば、延長日は特別な日ではなく、普通の診療日になる。
次に、近隣の保育園の看護師さんへ、診療時間の変更を直接届けた。気をつけたのは、宣伝に聞こえる書き方を避けることだ。診療時間と、発熱時の受診の流れだけを、事実として1枚の紙にまとめた。
0歳から2歳に対して、診療所の側からできることは限られる。それでも、生まれて間もない子の親が最初に調べるのは、夜間と休日にどこへ行けばよいかである。当院の診療時間と受診の流れを、町の保健センターの窓口に持参して相談した。資料に載るかどうかは先方の判断だが、頼む前に院内の案内を整理した過程が、それ自体で見直しの機会になった。
3つ目は院内の分担である。夕方を延ばすと窓口の負担が増え、月末月初のレセプト請求業務と重なって医事課が回らなくなる。そこで、請求の点検と提出準備のうち下準備の部分を外に出す方法を調べた。レセプト外注は全部を手放す話ではなく、何を任せて何を院内に残すかの線引きの問題である。任せられる範囲は、レセプト代行・レセプト請求代行サービスの内容を読むと具体的に分かる。私の場合は最初の点検だけを外に出し、患者への説明と問い合わせへの対応は医事課に残した。
浮いた時間で、医事課に診療圏の集計を毎月見る役を任せた。医療事務スタッフ教育の取り組みとして、田村主任が若手の2人に集計表の読み方を教えている。数字を読める事務職員が育てば、院長が1人で悩む場面は減る。
診療圏の見直しは、1回で終わる作業ではない。3か月ごとに同じ集計表を作り、同じ軸で並べて、変化を追う。比べられるように形を固定しておくことが、集計表を経営の道具にする条件である。
今回の経験から、集計表を開く前に、次の問いを紙に書いておくようになった。何を知りたいのか、見たあとで何を変えられるのか、変えた結果をいつ確かめるのか、の3つである。
問いがないまま集計表を眺めても、きれいな数字の羅列にしか見えない。田村主任も「何のために見るのかを決めてから集計すると、作業が半分になります」と話していた。
田村主任は、集計の途中で見つけた気づきを、付箋に書いて表の端に貼っていた。「この町名は去年から急に減っています」「この曜日は夕方に偏っています」。数字そのものより、こうした短い言葉が、院長の次の判断を支えてくれる。
(数字は集めるより、問いを持って読むほうが難しい。だからこそ、読める職員が院内にいる意味は大きい)
この作業で気づいたのは、診療圏の数字が将来の診療所承継(M&A)でも役に立つことだった。後継者や買い手は、売上の推移だけでなく、患者がどの地域のどの年齢層から来ているかを見る。新患の流入元が特定の地域に偏り、しかも減っているなら、評価を下げる要因として読まれる。
今のところ承継を考えているわけではない。それでも、自院の患者の動きを自分の言葉で説明できる状態にしておくことは、クリニック経営の体力そのものである。
念のため、延長日の収支も田村主任と試算した。延長した週3日の人件費の増加分に対し、増えた新患の再診までを見込んで、半年で回収できるかを確かめる。計算の前提は、新患1人あたりの来院回数と診療単価である。どちらもレセプトデータから、過去の実績として取り出せる。
推測ではなく実績で前提を置くと、判断が楽になる。もし半年後に回収できていなければ、延長日を2日に減らすなど、引き返す道も用意してある。始める前に撤退の条件を決めておくことが、新しい取り組みを続ける体力になる。
夕方の延長を始めて、6週間がたった。結論を出すには早い。ただ、延長日の夕方の新患は、以前の同じ曜日より増えた。駅の南側からの来院も、わずかに戻りつつある。
反対に、看護師の疲労は想定より大きかった。交代制の組み方を直し、延長日の翌朝は始業を遅らせることにした。数字だけを追っていると、職員の負担は見えなくなる。
(数字は、問いを立てた人にしか答えを返さない。次の月例ミーティングでは、まず私から聞いてみよう。「この数字、何が原因だと思いますか」と)
新患が減ったとき、人口や景気のせいにするのは簡単だ。しかし手元の請求データを開けば、診療圏の変化の多くは読み取れる。先月のレセプトを、今月中に、地図の上に置き直してみてください。
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