Clinic Diary
クリニック奮闘記
Clinic Diary
クリニック奮闘記
日曜の夕方、診療所の事務室で通帳アプリを開いた。整形外科を開業して9年目になる。リハビリ室には理学療法士が3人、受付と医療事務が計5人、看護師が3人いて、職員は合わせて11人だ。
毎年12月10日に冬の賞与を払う。今年も職員には「例年どおり出します」と伝えてある。ところが、画面の数字を見て、私は少し黙り込んだ。
(「賞与の原資は足りている。足りているはずだ。でも、払う日に口座に残っている額は、本当に足りるのか?」)
利益が出ているかどうかと、その日に現金があるかどうかは、別の問題である。そこを取り違えたまま年末を迎えるクリニックは、実は少なくない。今回は、わが診療所で実際にやってみた年末の資金繰りの点検を書き残しておく。
まず、診療報酬が口座に入る日を確認した。社会保険診療報酬支払基金の資料によれば、医療機関からの請求は診療月の翌月10日までで、支払基金から医療機関への支払いは毎月21日までとされている。国民健康保険の分は国保連合会が別の日程で支払うため、自院の入金通知で日付を確かめてほしい。
つまり、11月に診てきた患者の保険請求分は、12月21日ごろにならないと入らない。12月10日の賞与日には、まだ入金されていないのだ。窓口で受け取った自己負担分は日々入るが、保険請求分は約1か月遅れてやってくる。
(「ということは、賞与日の口座は、10月診療分の入金が残っているだけの状態か。そこに社会保険料と税金の支払いが重なる...」)
そこで、12月と1月に出ていくお金を、日付つきで書き出した。
こうして並べると、賞与を払った月ではなく、その翌月に支払いが集中することが見えてくる。賞与そのものは用意していても、翌月の納付で慌てる院長は多いはずだ。
次に、試算表を作った。難しいことはしていない。賞与日の前日の残高に、賞与額と給与額、事業主負担の社会保険料の見込みを順に引いていくだけである。
仮に、賞与を職員11人で合計8,000,000円、月の給与総額を約5,000,000円、その他の月次支払い(薬剤・材料・家賃・リース)を約3,000,000円とする。12月10日の時点で、11月の保険請求分はまだ入らない。
(「この条件だと、賞与日の残高は、普段の月末の残高より4,000,000円以上低く見えるな。」)
数字を紙に書いて初めて、私は理解した。足りないのは利益ではなく、入金までの日数なのだ。ここを見誤ると、黒字なのに借入れを慌てて頼む事態になる。
税理士に相談すると、顧問先の診療所でも、賞与日の前に当座の資金を短期借入れで補う例があるという。ただし、借入れは払った分だけ利息がかかる。急に頼むより、事前に金融機関へ相談しておくほうが条件は有利だと聞いた。
整形外科は、リハビリの請求が収入の柱になる。リハビリは算定回数が月の後半に偏りやすく、月ごとの請求額のぶれも大きい。天候で外来患者が減る梅雨や、積雪の冬は、とくに響く。
さらに、年末年始は休診日が続く。12月28日から1月4日までは患者が来院しないため、1月の窓口収入は目に見えて落ちる。2月に入る12月診療分が薄くなる点も、頭に入れておかなければならない。
(「1月の診療日数が少ないなら、2月の入金も細くなる。賞与の後に来る谷を、先に見積もっておくべきだったな。」)
そこで、前年の月別入金額を3年分並べてみた。月によって2割近いぶれがあるのに、賞与の予算は『例年どおり』としか決めていなかった。根拠の薄い『例年どおり』が、最も危うい。
入金日を読むうえで、見落としがちなのが請求の遅れである。10日までに提出できなければ、その月の支払いに間に合わない。返戻になった分は、再提出までお金が戻らない。
レセプト請求代行やレセプト外注を使うかどうかに関わらず、毎月の提出スケジュールが何日に確定しているかは、院長が自分の目で見ておくべきだ。わが診療所では、請求担当の職員が休むと、提出が5日ほど遅れた年があった。
医療事務スタッフ教育に力を入れてきたのは、技能のためだけではない。誰が休んでも提出日を守れる体制は、資金繰りを守る体制でもある。この考え方は、以前の記事「請求した金額は入金されているか ― 窓口収納、未収金、キャッシュレス化から見た収入管理」でも触れた。
(「請求が遅れる、入金が遅れる、賞与日の残高が減る。この3段階のつながりを、これまでは別々のことだと思っていたんだな。」)
もう1つ、見直したのが窓口の自己負担分の扱いである。キャッシュレス決済を使う日は、カード会社からの入金が数日から1週間ほど遅れる。現金と同じ感覚で残高を見ていると、月末の数字がずれる。決済ごとの入金日も、リストに書き足してほしい。
(「小さなずれでも、積み重なると賞与日の残高を動かすんだな。」)
賞与の額をいくらにするかは、資金繰りの問題であると同時に、職員への評価の問題でもある。以前の記事「評価されない職場から人は静かに去る ― 小規模クリニックの人事評価制度と冬季賞与の設計」で、私は評価の基準を職員に見せる大切さを書いた。
今回はその続きとして、原資の側から考えた。評価で決めた賞与の総額が、資金の余力を超えていないか。超えそうなら、支給額を削るより先に、支給日や分割払いを検討できないか。
実際、わが診療所では、賞与を12月10日と翌年1月の2回に分ける案を試算した。総額は変えずに、賞与日の残高だけを高く保てる。職員の生活設計への影響もあるため、早めに説明し、就業規則に沿った形を確かめる必要がある。
(「職員にとっては、払う日が遅れるのは不安だよな。説明の順番を間違えると、信頼を損なう。」)
税理士の助言で、取引のある銀行の担当者に、12月と1月の資金計画を見せに行った。借入れの申込みではなく、あくまで事前の相談である。担当者は、月別の入金表と支払予定表を見て、「この形で持ってきてくださる先生は多くありません」と言った。
(「困ってから頭を下げるより、見通しを先に見せたほうが、話は早く進むのか。」)
短期の運転資金は、必要な時期と金額と返済の見込みがはっきりしていれば、相談の筋が通りやすい。逆に、賞与日の直前に「足りません」と駆け込めば、条件を選べなくなる。資金計画は、銀行との会話の言語でもあると気づいた。
今回の点検で得た最も大きな収穫は、1回の試算より、毎月の習慣のほうが効くと分かったことだ。わが診療所では、毎月の21日前後に、入金額と翌月の支払予定を並べる15分の時間を設けた。
見るのは3つの数字に絞った。当月の入金額、前年同月との差、そして翌月末までの支払予定額である。表計算ソフトの1枚で足りる。事務長のいない診療所でも、院長と受付責任者がともに見れば続けられる。
(「数字に強くなくても、日付を並べるだけならできる。続けることが、いちばんの強みになるな。」)
この習慣は、診療所を将来誰かに引き継ぐときにも効く。診療所承継(M&A)の場面では、買い手は入金と支払いの季節変動を確かめにくる。資金の動きを説明できる診療所は、それだけで信頼される。
結論から言えば、年末の資金繰りの点検に特別な道具はいらない。やったことは、日付を並べて、残高を試算して、請求の提出日を確認しただけである。
同じ点検をしたい院長には、次の順で進めてほしい。まず10月中に、12月と1月の支払予定を日付つきで書き出してください。次に、前年の月別入金額から、賞与日と翌月末の残高を試算してください。最後に、足りない月があれば、11月のうちに金融機関へ相談してください。
外部の専門家に頼る場合も、判断するのは院長だ。外注費の高い安いを考えるときは、以前の記事「外注費は高いのか ― 内製の見えないコストと比較する費用対効果の測り方」のように、見えないコストまで含めて比べる必要がある。
人件費以外の支出も忘れてはならない。以前の記事「人件費以外のコストを誰が見ているか ― 医業原価の再点検と損益分岐点」で書いたとおり、薬剤や材料の支払い日も、入金日とのずれを生む。
翌朝、私は職員を集めて、今年の賞与は例年どおり12月10日に払うと伝えた。そして、その裏で、資金の見通しを立てたことも話した。数字を全部見せたわけではない。だが、院長が先を見ていると分かるだけで、職員の表情は少し変わった。
(「賞与は、感謝を形にするものだ。払えるかどうかを心配させるようでは、本末転倒だな。」)
診療所の経営は、利益の大きさだけでなく、お金が動く日付で決まる面もある。年の瀬を迎える前に、あなたの診療所でも、通帳アプリを開いて日付を並べてみてほしい。
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