Clinic Diary
クリニック奮闘記
Clinic Diary
クリニック奮闘記
木曜の昼休み、診察室の机で先月の月次ミーティングの議事メモを読み返していた。耳鼻咽喉科の診療所を開いて9年になる。スタッフは12名、日帰りの鼻の手術も月に数件こなすようになった。
メモには、確かにこう書いてある。「受付で保険証の確認日を記録する運用を、翌週から全員で徹底する」。ところが昨日、月末のレセプト点検で、資格確認の日付が空欄のままの患者さんが7名も見つかった。
(決めたはずなんだけどな。誰も反対しなかったのに、なぜ動いていないんだ...)
うちは毎月第2水曜の診療後に、30分の全体ミーティングを開いている。院長として、現場の声を聞く場は大事にしてきたつもりだ。参加率も高く、発言もそれなりに出る。
それでも、決めたことの半分は翌月になると立ち消えている。受付の運用変更、手術前の説明の手順、器械の洗浄記録の様式。どれも当日は「いいですね」「やりましょう」と全員がうなずいた。
副院長のいない小さな診療所では、院長の私が議長も書記も兼ねている。診察の合間に議事をまとめ、決定事項を張り出すのは、いつも後回しになる。決める人と動かす人が同じ私に集中しているのだと、今さらながら気づいた。
翌日の午後、診療の合間に、ベテランの看護師長に率直に聞いてみた。「ミーティングで決めたことが続かないのは、どうしてだと思う?」
師長は少し考えてから答えた。「あの場では、みんな自分のことだと思っていないんです。『全員で徹底』と言われると、結局、誰がいつまでにやるのかが決まっていないので」
耳が痛かった。議事メモを見直すと、決定事項には担当者も期限も書いていない。「全員で」という言葉は、聞こえはいいが、実際には誰の責任でもない状態をつくる。
(会議のゴールは、話し合うことじゃない。決めて、動かして、確かめるところまでだ。そこまで設計していなかったのは、私のほうだ)
経営の本を読み直し、同業の院長にも話を聞いて、うちのミーティングに次の3点を取り入れることにした。
とくに効いたのは、前回の確認を冒頭に置くことだった。続いていない理由がその場で出る。「そもそも手順が現場に合っていない」という声が出れば、決定のほうを直せばよい。やめることも、立派な決定になる。
議事メモの末尾には、次回までの宿題と、その担当者の名前を並べるようにした。名前が書いてあるだけで、スタッフの受け止め方は変わる。名指しされることを怖がる職員もいたが、「失敗を責める欄ではなく、助けを呼ぶ欄だ」と説明してからは、期限前に相談が届くようになり、クリニック経営の空気そのものが軽くなった。
保険証の確認日の件は、受付の主任に担当を任せた。期限は翌月の初日、確認方法は月末の点検で空欄の件数を数えること。院長が毎日見張るのではなく、数字が自動的に知らせてくれる形にしたかった。
ここで、レセプトの点検が役に立った。月初の請求前に、資格確認の日付が空欄の件数、返戻になりかけた件数をまとめた表にして、ミーティングで見せる。7件だった空欄が、翌月は2件、翌々月は0件になった。
数字が下がると、受付のスタッフの表情が変わった。やらされている運用が、自分たちの成果として見えるようになったのだ。月初の請求作業が落ち着いて進む効果は、診察室にいる私にも伝わってきた。
日々の請求や点検の負担が大きい月は、レセプト業務の部分的な外部委託を考える院長もいるだろう。レセプト代行・レセプト請求代行サービスの内容は、自院で何を残し、何を任せるかを考える材料になる。ただし、任せる前に院内で決定と確認の型を整えておかないと、外注先との約束事も曖昧になる。
同業の院長仲間に話すと、似た悩みは驚くほど多かった。決まらない会議より、決まったのに動かない会議のほうが、診療所では根が深いようだ。私は自院の過去6か月分の議事メモを読み返し、決定事項を種類別に数えてみた。
結果は次のとおりだった。担当者が書かれていたものはほとんどなく、期限が書かれていたものは数件にとどまった。確認の場を設けていた決定事項は、1件もなかった。続かなかったのは、スタッフの意欲の問題ではなく、私の設計の問題だったことになる。
診療所は小さいからこそ、院長の口頭の言葉がそのまま決定になりやすい。その分、記録に残らず、誰かが異動や産休で抜けたとたんに、決めたことの背景ごと消えてしまう。事業を次の世代へ引き継ぐ診療所承継の場面を考えても、判断の経緯が残っていない医院は評価されにくい。
型の最初の試験台は、日帰り手術の前日連絡だった。以前は「看護師が連絡する」と決めていたが、誰が何時に電話するかが曖昧で、絶食の確認漏れがヒヤリとした例が1件あった。
そこで、担当を手術予定の前日に外来を担当する看護師の持ち回りにして、連絡の時刻は午後4時、確認は連絡票への署名とした。チェック欄も増やしたのは最小限にとどめ、連絡票は1枚にまとめた。
3か月たった今、連絡漏れは出ていない。何より、「誰の仕事か」で迷う場面がなくなり、手術日の朝の空気が穏やかになった。スタッフ教育という点でも、新人の看護師は担当が明確なので、何を覚えればよいかを自分で説明できる。
医療事務の新人教育も同じで、教える役割と期限が決まっていれば、新人の医療事務が3か月で辞める ― 教育を「先輩の頭の中」から「院内の仕組み」へ移すで考えたように、属人的な教え方から仕組みへと移していける。
月初のレセプト請求は、診療所の事務にとって最も締め切りの厳しい仕事だ。ここで起きる小さな漏れは、会議で決めた運用が守られているかを測る、いちばん正直な物差しになる。
うちでは、月初の点検で見つかった傾向を、翌月の議題の1番目に置いている。たとえば、公費の確認漏れ、病名の付け忘れ、手術に伴う処置の算定漏れ。どれも担当を決めて数字を追えば減っていくものばかりだった。
事務長を置けない規模の診療所では、レセプト 外注を検討する院長も多いだろう。私も、人手が足りない月は自院ですべてを抱えるべきかを考えた。大切なのは、外注するかどうかの前に、自院の請求の流れと確認の型が見えていることだ。型がない状態で任せると、問題が起きたときに、どこで漏れたのかを誰も説明できなくなる。
決めたことを確かめる習慣は、外注先との定例の打ち合わせにも、そのまま使える。依頼した範囲、確認する数字、報告の頻度を、会議と同じ3点で書き出しておけばよい。
半年の間に、受付に新人が1名入った。以前なら、先輩が忙しい合間に口頭で教えるだけで、覚えたかどうかを誰も確かめなかった。今は、教える担当者と、1週間後の確認日を決めている。
確認の中身は、保険証の確認手順、窓口での説明、レセプトに関わる入力の3項目だけ。できたかどうかを担当者が確かめ、その結果を次のミーティングで報告する。新人は何を期待されているかがわかり、先輩は教える責任を果たせる。
医療事務スタッフ教育は、研修費をかけるより先に、教える役割と確認の日付を決めるところから始まる。そう実感したのは、この半年の収穫だった。
運用を変えて気づいたのは、院長が決めるべきものと、現場に任せてよいものの線引きだった。診療方針、投資、人事の大枠は院長の判断だ。これに対し、受付の動線や記録の様式は、担当者が決めたほうが長続きする。
以前、院長の時間はどこへ消えるのか ― 診療の外にある経営の仕事を、週90分の時間割に変えるの記事で、経営の仕事に使う時間を確保する話を書いた。ミーティングの設計は、その時間を何に使うかの答えにもなった。議事録づくりを書記に渡した分、私は決定の中身を考えることに時間を使える。
(全部を自分で決めて、自分で確かめる。それは責任感ではなく、ただの抱え込みだったんだな)
型を導入して半年がたち、ミーティングの時間は30分のまま、決定事項の完了率は目に見えて上がった。新しく決めたことと同じ数だけ、やめることも決めるようにしている。新しい運用を足すだけでは、現場の負担が増えていくからだ。
見直しの基準は単純で、3回続けて確認しても数字が動かなかった運用は、院長が立ち止まって見直す。原因が運用そのものなら、やめてよい。原因が周知不足なら、やり方を変える。
診療所の経営は、大きな決断よりも、小さな決定が実行される積み重ねで決まる。今日決めたことが来月も動いているかを、数字と担当者の名前で確かめる。それが、院長が抱え込まない経営管理の出発点だと、私は感じている。
先月のメモの最後に、私は新しく1行を書き足した。「決定事項には、必ず名前と期限を」。次の第2水曜日が、少しだけ楽しみになった。
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