Clinic Diary
クリニック奮闘記
Clinic Diary
クリニック奮闘記
「先月の入金、前の年の同じ月より少ないな」。月初、診療所の2階にある事務室で通帳アプリを眺めながら、私はそうつぶやいた。住宅街の駅から歩いて8分、循環器を中心に高血圧や脂質異常症の患者さんを診ているクリニックだ。開業して9年になる。
気になったのは、患者数がほとんど変わっていないことだった。インフルエンザの流行期でもなければ、休診が増えたわけでもない。それでも入金額は、前年の同じ月より目に見えて少ない。(診療が減ったのでないなら、取れるはずのものを取れていないのか)。そんな考えが頭をよぎった。
私は経営の数字が得意ではない。日々の診察に追われ、月次の試算表は税理士から届くたびに流し読みしてきた。ただ、この日は見過ごせなかった。事務長を置いていない小さな医院では、請求の数字を気にかけられるのは、結局のところ院長の私しかいないからだ。
翌日、医事を長く担当してくれている田村さん(仮名)に声をかけ、前年の同じ月と今月のレセプトを並べて見てもらった。「先生、件数はほぼ同じです。でも、1件あたりの点数が少し下がっていますね」。画面を見つめたまま、田村さんはそう言った。
厄介なのは、請求漏れが帳簿のどこにも「損失」として現れないことだ。本来受け取れるはずの報酬を請求しなかっただけで、支出が増えたわけではない。だから試算表は黒字のままで、実際の収入だけが静かに細っていく。(赤字なら誰でも気づくが、これは気づきようがない)と私は思った。
仮の数字で考えてみた。月に1,000件のレセプトを出す医院で、1件あたり平均100円の取りこぼしがあるとする。1か月で100,000円、1年で1,200,000円になる。1件ずつを見れば小さな額だが、毎年何も気づかずに積み上げていたらと考えると、背筋が冷えた。
もちろん、これは仮定の話であり、自院の実際の額ではない。大切なのは金額の当て推量ではなく、取りこぼしが起きていないかを確かめる手段を、自分の医院が持っているかどうかだった。私の医院には、それがなかった。
田村さんと2人で、直近3か月分の取りこぼしの候補を洗い出した。見つかったのは、特定の誰かの怠慢ではなく、持ち場と持ち場の境目に落ちた小さな抜けだった。整理すると、次の3つの場所に集まっていた。
とりわけ胸に刺さったのは、診察室の抜けだった。高血圧や脂質異常症で長く通う患者さんに、私は毎回きちんと療養上の指導をしているつもりでいた。ところが、その実施がカルテの記載に残っておらず、請求の根拠として示せない月が、いくつも見つかったのである。
診療をしていなかったわけではない。診療したことを、請求できる形で残していなかったのだ。(最大の発生源は、医師である私自身じゃないか)。そう認めるのは、正直なところ少し苦かった。
以前、「ヒヤリハットが出てこない診療所は安全なのか ― 責めない報告文化と、窓口・請求の小さな気づきを経営に生かす」という記事を読んだことがある。誰かを責めても、抜けは減らない。減るのは、抜けを話題にできる職員の数だけだ。この日、私は田村さんを責めない代わりに、まず自分の記載の癖から話すと決めた。
すべての数字を追おうとすれば、どうせ続かない。田村さんと相談して、月次の締めが終わった後に見る数字を、次の表の3つに絞ることにした。
| 見る数字 | 見方 | 動く基準 |
|---|---|---|
| 患者1人あたりの請求点数 | 前年の同じ月、前の月と比べる | 下がった月は、レセプトを10件抜き出して中身を読む |
| 算定項目ごとの件数 | 管理料、検査、指導など主要な項目を、患者数に対する比率で並べる | 患者数が同じなのに比率が下がった項目を点検する |
| 請求を見送った件数と理由 | 見送りの理由を1行ずつ記録する | 同じ理由が2か月続いたら、運用を変える |
見送りの理由を記録する欄は、田村さんの提案だった。「先生、同じ理由で見送っているのは、たいてい同じ場面です」。確かに、理由を言葉にして並べると、書類の不足なのか、病名の不足なのか、入力の選び忘れなのかが、おのずと分かれてくる。原因が分かれば、直す場所も決まる。責める相手は、どこにもいない。
この3つは、どれも特別な道具を必要としない。患者数と点数と件数さえあれば、表計算ソフトの1枚で足りる。前の月との比較だけでは、季節による増減に隠れてしまうので、必ず前年の同じ月も並べることにした。
決めたのは、数字の読み解きを担当者任せにしないことだ。月に1回、20分だけ、田村さんと並んで画面を見る。(全部を完璧に直す必要はない。減った項目の理由を、毎月ひとつだけ言葉にできれば足りる)。そう自分に言い聞かせた。
この方法は、実は以前に書いた考え方の延長にある。「リハビリ室は黒字なのか ― レセプトデータで診療行為別の採算を見る、院長のための部門別損益の考え方」で触れたとおり、診療行為ごとに数字を割って見ると、全体の平均では見えなかったものが浮かぶ。算定項目ごとの件数を見るのも、同じ発想だ。
最も抵抗が大きかったのは、カルテの記載を変えることだった。私自身が、診察のたびに入力へ追われているからだ。そこで増やすのは文字数ではなく、決まった短い定型文に絞った。「指導の内容」「次回までの目標」「検査を行った理由」の3項目を、定型文として呼び出せるようにしたのである。
診察室で書き足す時間は、1人あたり数秒にとどまった。慣れるまでは書き忘れも出たが、診察が終わる前に、田村さんが「今日の指導は記録済みですか」と1度だけ声をかけてくれる。責める調子ではなく、確認の声かけだ。それだけで、書き忘れは目に見えて減っていった。
変化は、すぐには現れなかった。最初の月は、請求点数にほとんど動きがなかった。2か月目から、管理に関わる項目の件数が少しずつ戻り、3か月目には、患者1人あたりの請求点数が前年の水準に近づいた。数字が戻ったというより、これまで請求できる形で残せていなかったものが、残るようになったのだと思う。
受付の側にも、小さな変更を入れた。算定の要件になる書類は、患者さんが会計に来る前に揃っているかを、診察室を出る時点で確認する。会計の場で足りないと分かると、患者さんを待たせてしまい、結局は見送ることになるからだ。
ここで、もうひとつの問題が頭をもたげた。田村さんは、数年のうちに働き方を変える予定だと話していた。この点検を、いまは田村さんと私の2人で回している。その田村さんの勤務時間が減ったとき、誰がこの仕事を引き継ぐのだろうか。
レセプト外注という選択肢が、現実の話として浮かんだ。以前の私は、レセプト外注を「請求の手間を手放す話」だと考えていた。しかし、この数か月で分かったのは、外へ出す前に、自院の請求が何をどう取りこぼしているかを私自身が知っていなければ、外注先に何を求めるのかも決められないということだ。
カルテに書かれていない診療は、誰が請求を担当しても、請求の根拠にできない。外注先がどれほど丁寧に点検しても、診察室で記録が残らなければ、そこから先は誰にも拾えない。記録を整えることは、請求を誰が担当するかにかかわらず、院長の仕事として残る。
だからこそ、外注を考えるなら、任せる範囲と自院に残す範囲の線引きが要る。点検はどこまで見てもらえるのか。診療内容にかかわる記載の確認は、どちらの役割か。そうした線引きを知るために、私はレセプト代行・レセプト請求代行に関するレセプト代行・レセプト請求代行サービスの内容をひととおり読んでみた。内容を知ったうえで、自院に何が残るのかを整理するためだ。
費用の面でも、同じことが言える。「外注費は高いのか ― 内製の見えないコストと比較する費用対効果の測り方」で触れたように、内製のコストには、こうした取りこぼしの損失も含めて比べなければ、正しい比較にならない。
今回の件で、私は「入金が減った」という感覚を、「どの項目の件数が減ったのか」という問いに変えられた。それだけで、漠然とした不安が、手を動かせる課題に変わった。
院長のお金の見方については、「院長の財布と医院の財布は同じではない ― 月次の数字を自分で読むための資金繰りの基本」でも整理した。試算表が黒字でも、請求が細っていれば、数字は先に傷んでいく。
来月の締めが終わったら、前年の同じ月と並べて、患者1人あたりの請求点数を見る。下がっていれば、レセプトを10件抜き出して中身を読む。それが、私の来月の宿題だ。(取れるはずの報酬を取りこぼさないことは、患者さんへの診療を、きちんと形に残すことでもある)。
あなたの医院でも、まずは前年の同じ月と、患者1人あたりの請求点数を並べてみてください。差が小さければ、それは安心の材料になる。差が大きければ、それは見えない赤字を見つけた最初の入り口だ。
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